第16話 護る覚悟、銀炎の祝福
すでに夕焼けの時刻で、もうすぐ日が落ちる。
黒い体毛は日に当たっても、なお漆黒のままだ。
光を吸い込むその体は、影をまとい、実際以上に大きく見えた。
青い目が、ぼんやりと銀色に滲み、青白い銀光を放っている。
鋭い牙。その口から白い吐息が漏れ、周囲の空気が一気に冷えた。
冷気を吐き出しているようだ。
――間違いない、銀狼。
回り込むように、ゆっくりと近づいてくる銀狼に、レンドルは切っ先を合わせる。
――集中しろ。
「レンドル、血が」
左肩の服は破れ、血がにじんでいた。
躱しきれていなかったのだ。
レンドルは左手を後方へ伸ばし、ジークの右手を掴んだ。
小声で話しかける。
――大丈夫だ。銀狼が突っ込んできたら、強く手を引く。覚悟していてくれ。
「そのエルフに用がある。どけ」
銀狼の剥き出した牙が、上下に動く。
レンドルの赤い血が、口から地面へ滴り落ちた。
ラクアが半身に構え、銀狼とレンドルの間に割って入る。
「知らん。消えろ」
「あの時の小僧か……邪魔をするな」
夕日を背にしたラクアは、体を半身にしたまま、半歩だけ位置をずらした。
「――余計な話だ」
強い横からの夕日が、銀狼の目を一瞬奪う。
地面が爆ぜる。
ラクアは銀狼に切りかかった。
銀狼は肩の刃状の突起を、振り下ろされた斬撃にぶつけた。
青い火花が一瞬周囲を照らし、乾いた音が響いた。
肩の刃が剣を滑らせ、ラクアと体位を入れ替える。
後脚でラクアの背を蹴り、ラクアは大きく吹き飛ばされた。
レンドルは驚いた。
剣をいなし、力の軌道を変えている――剣術のようだった。
蹴りの反動を使い、銀狼はレンドルとジークの眼前へ迫る。
レンドルは鼻先を突き、同時に小さく横へ払い切った。
左手でジークを引き、左側へと跳ぶ。
すぐさま次の攻撃が来ると思ったが、
銀狼は眩しそうに目を細めていた。
先ほどのラクアの作戦が、巧く効いていた。
騒ぎに気づいた周囲の兵が、どよめきとともに集まってくる。
「狼だ」「銀狼だ」と声が次第に大きくなり、
「魔物だ! 集まれ!」と叫び声が飛び交った。
「レンドル! ジークを守れ!」
吹き飛ばされたラクアが、大声で叫ぶ。
こちらへ戻ろうとしていた。
一方、銀狼は、のそり、のそりと歩み寄ってくる。
レンドルを一瞥し、ジークへ向ける視線が変わった。
「噛み殺す」
ジークの浅い呼吸が、背中越しに伝わってくる。
――震えている。
唾を飲み込む音が、ジークにも聞こえたかもしれない。
レンドルは右手を見た。
震えていない――。
レンドルは剣を右顔の横へ運び、突きの構えを取った。
ロングソードの剣先には、赤い血がうっすらと付いている。
あの時とは違うぞ、銀狼――。
レンドルの体が、淡く銀色に流れる。
「――護る。背中を」
ロングソードが銀と紅の光を帯び、
まとわりついていた冷気が消え去った。
「レンドル、その剣!」
ジークは、周囲の冷気とぶつかり合う炎の魔力を感じ取った。
その炎の魔力が、凄まじい密度で圧縮されているのが分かる。
レンドルの体から、剣へと魔力が行き渡っていく。
――なんだ、それは!
異変を感じ取った銀狼は、
本能が告げる危険を理解した。
眼前には、剣を構えた男がいるはずだった。
次の瞬間、
高速の突きが銀炎の刃となり、
銀狼の牙を切り裂いた。




