第13話 銀の髪の少女
黄金騎士が倒れ、戦は終わった。
「……よくやったな、レンドル」
グリフォート団長の声は短く、疲れていた。
それ以上の言葉はなかった。
称賛よりも先に、次の戦の段取りが始まっていた。
城内では、司令官たちが集まり、地図を囲んでいる。
王都へ進軍するか、あるいは東に位置する第二要塞を制圧するか。
判断は保留されたまま、時間だけが過ぎていく。
今日は、ラクロアンから同盟に向けた使者が来る予定だった。
その返答次第で、進路は決まる。
レンドルは、ひとまず前線を離され、休息を命じられていた。
瓦礫の陰、壁に背を預けて座り込む。
剣を膝に置き、ぼんやりと空を見上げていると――
――歌だ。
戦場には不釣り合いな、澄んだ旋律。
子守歌のようでもあり、祈りのようでもある。
――あの時の歌だ。
どこだ、と思って視線を向けた、その瞬間。
「……なに?」
銀の髪の少女が、こちらを睨んでいた。
「何見てんの? 変態」
あまりにも率直な言葉に、レンドルは言葉を失った。
「え、ちがう」
「ずっと見てた」
「見てないよ、ちょっとだよ」
「ほら、認めた」
「ずっとじゃないよ」
「ずっとよ。何か用?」
「……」
言葉が出てこない。
どう言えばいいのか、分からなかった。
「――え、黙るの?」
「……歌、歌だよ。さっき歌ってた」
「やだ、聞いてたの……」
「ごめん。その、昔に聞いたことがあって」
「あー、エルフの古い歌よ」
「君はエルフだから歌えるんだね」
「誰に歌ってもらったの?」
「俺の母親だよ」
「あなた、人族よね」
「……その、母さんは人族の血と、エルフで」
「あ、そういうことね。珍しくもないわ」
「あなたのお母さんって、北方大陸のエルフの森かしら」
「いや、ヴォルテニア」
「そっちにもエルフいるんだ」
「詳しくは知らないけど……漂流した曾祖母がヴォルテニアにいて、その流れらしい」
「ふ~ん、そうなんだ」
「そうなんだけど……なんで君に話してるんだろう」
「あはは、変なの。自分から話してるのに」
「……笑うことないじゃないか」
「ごめんごめん。さっきの歌はね、星巡りの詩っていうの」
「なんとなく、そういうことは言ってた気がする」
「人族はあまり気にしないのよね。
まぁいいわ。笑わせてくれてから教えてあげる」
少女は、少しだけ声の調子を変えた。
「青き月から星が下り、命が巡る
青き月に星は上り、世界を巡る」
その歌声は、子どもに語り聞かせるような声だった。
「命が世界に流れると、魂が青き月に還るの。
そしていろいろな世界に、また降りていく。
……わかる?」
「えーと……死んだら青き月に行って、また戻ってくる、ってことか」
「ちょっと違うわ。他の世界に行くのよ」
「他の世界……って、なに?」
「あなたがいる世界とは別の世界があるってこと」
「え、そんなことあるの?」
「あるでしょ。今いる世界があるってことは、他にもあっておかしくないと思わない?
実際に行ったことはないけど、そういう考え方で、このお話は歌われているの」
「……知らないことばかりだ。星零れで魔物になる、とは聞いていたけど」
そう言って、レンドルは自分が少し情けなくなった。
知っているつもりでいた。
剣の振り方も、戦い方も。
けれど、彼女の話す“世界”は、そのどれとも違う場所にあった。
「それくらいは知ってるのよね。人族って変よね。
もっと勉強したほうがいいわ」
からかうような口調だったが、完全に突き放す声音ではなかった。
レンドルは、それに気づいてしまった。
「これでも優秀なんだよ?」
「そう。でも歴史を知らない人はだめね」
即答だった。
その迷いのなさに、胸の奥が少しだけ詰まる。
「親父なら知ってたのかな」
言ってから、後悔した。
軽く流すつもりだった言葉が、思った以上に深いところから出てしまった。
「……お母さんに聞けばよかったんじゃない。エルフの話、してたんでしょ」
「小さいころに死んだんだ。だから、あまり覚えていないんだよ」
それきり、レンドルは何も付け足さなかった。
言葉を重ねる必要がないことを、なぜか分かっていた。
少女は、ほんの一瞬だけ言葉を失った。
「そ……私も、小さいころにお母さんは……」
その先を、彼女は言わなかった。
けれど、言わなかったことで十分だった。
沈黙が、二人のあいだに落ちる。
重くはない。ただ、軽くもない。
「よし。じゃ、教えてあげようか」
唐突な切り替えだった。
けれどそれは、話題を変えるためではなく――
踏み込みすぎた場所から、一歩だけ戻るための言葉に聞こえた。
「いいの?」
「うん。じゃ、まずはね」




