第12話 赤髪の剣と英雄の槍・終焉の狼煙
騎士の礼法にのっとり、最初に動いたのはレンドルだ。
焦燥と決意を乗せ、弾かれるように剣を抜き放つ。
切っ先が震えながらも、エリクの心臓を指した。
対するエリクは、抜剣したレンドルの構えを鋭い眼光で見据え、わずかに目を細めた。
「若いが鍛えられている。よいな」
一人の騎士として、相手の覚悟と芯の強さを認めた言葉だった。
エリクが、ゆっくりと大槍を動かし、穂先をレンドルに向けた。
その無駄のない所作と放たれる威圧感に、レンドルは息を呑んだ。
圧倒的な実力者だけが持つ、淀みのない気配が、エリクから溢れていた。
エリクが深く息を吐くと、彼の周辺に淡い銀色の魔力の輝きが現れた。
鋼のような筋肉が、さらに引き締まる。
――やるしかない。
レンドルもまた、自身を鼓舞するように魔力を爆発させた。
視界が極限まで研ぎ澄まされていく。
体に銀色の輝きが現れた。
その輝きは揺らぎながら、体を流れていく。
相手は槍だ。
間合いを詰め、主導権を握らなければ一瞬で突かれる。
レンドルは構えた剣を一度、軽く横に振った。
――開戦の合図。
先にエリクが動いた。
無造作にレンドルへと歩み寄り、静かに突いた。
戦場で見る動きではなかった。
静かすぎた。
その違和感が、間合いを詰めようとする意識を鈍らせた。
――しまった!
レンドルは剣を払って槍の軌道を逸らそうとした。
だが――その剣は容易くはじかれた。
レンドルが選択を誤ったのを皮切りに、凄まじい速さの突きがレンドルを襲った。
十、二十回と突かれたが、その都度、剣で軌道をずらしたり、紙一重で交わした。
息を整える暇もない。
剣を振るたび、次の突きが迫っていた。
革鎧が裂け、厚手の服には血がにじみ、頬からも血が流れた。
それでも、何とか大きく後ろに下がり、槍の間合いの外へ距離を取った。
エリクは、一度攻撃の手を休めた。
槍の穂先が、わずかに地を叩く。
「躱すのは得意なようだが、それだけじゃ足りん!
もっと楽しませろ!」
――くそ、攻撃の隙が見つからない。
闇の森で狼を斬った、あの一瞬。
――集中しろ。
レンドルは剣を顔の右側に構え、突きの姿勢を見せた。
狙うは、首か心臓。
渾身の気迫を込め、鋭い突きを放つ意識で狙いを定める。
――ロングソードが、銀光を帯びて揺らいだ。
「よいな。その顔であれば十分だ」
レンドルの足元で石畳が砕け、身体強化された突進が、一直線に放たれた。
「おおおおおッ!」
槍の狙いをそらすため、上半身をわずかに揺らしながら突っ込んだ。
エリクは、冷静だった。
素早くバックステップし、槍を薙ぎ払う。
――これで止まる。エリクはそう判断した。
レンドルは切られる覚悟を保ったまま、踏み込む速度を変えなかった。
眼前で振られる槍の穂先がレンドルの鼻をかすかに切った。
エリクの瞳が冷静に瞬間を見極め、
――やるなっ!
完全に槍を振り切る前に、エリクは両手を交差させ、体を左へと回転させた。
穂先が右から左へと大きく弧を描く。
その勢いのまま、エリクは踏み込み、槍の柄を全身で押し出す――水平の薙ぎ。
レンドルは突き出した剣の軌道を強引に捻じ曲げた。
ロングソードの柄を中心に手首を返して切り上げた。
大槍と剣がぶつかり、火花が散った。
レンドルはそのまま槍に沿って剣を滑らせ、エリクの持ち手、左手を狙って切り上げた。
エリクは即座に反応し、左手を引いた。
――ようやく、だ。
攻防の最中、エリクの口元に、かすかな笑みが浮かんだ。
――これはレンドルの誘いだった。
切り上げ構えのまま、大きく踏み込み、右肩から体当たりを仕掛けた。
エリクは衝撃に耐えるのではなく、それを利用して間合いを作ろうと、後ろに跳ね退いた。
だがレンドルは背中を槍の柄に預け、小さく回転した。
銀光を帯びた刃が、水平に一閃――
エリクの首筋を滑らかに通り抜けた。
エリクの左手と、首を防護するプレートは剣閃を止めることができなかった。
選択を誤ったのはエリクだった。
一瞬の静寂。
「――ふうっっ!」
エリクの体は支えを失い、膝が落ち、ゆっくりとバランスを崩した。
切り落とされた左手が、遅れて石畳に落ちた。
鈍い金属音が聞こえたあと、重厚な甲冑に守られたはずの首が宙を舞い、石畳の上をごろりと転がった。
レンドルの泥まみれの顔を赤く染める返り血。
ブレイズ家の若き騎士が、ルベリアの黄金を討ち取った。
誰もが信じられなかった。
ルベリア建国の英雄は命を流した。
噴き出す鮮血が、戦の終焉の狼煙だった。
次の瞬間、世界が追いつく。




