第10話 赤髪の剣と英雄の槍・開戦
サンガード皇国、ルベリア王国は、コルタナ山脈から流れる川を境に、互いに陣を張った。
今、その川の三角州に、双方の戦争契約代理人と証紋官が集っていた。
そして――契約戦争が正式に結ばれた。
二国間で交わされた証紋契約の内容は、主に三つ。
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1.王族責任の追及、および王族血統一系のみの存続を保障
2.戦後賠償、王族・貴族の戦争負債の確定と権利保障
3.降伏後の人的補償とした国民の保護
一年内を期限とし、契約が履行されなかった場合、
戦争契約者および代理人、ならびに証紋官は
雷の神レイナダの裁定により
体内からの雷撃による罰が発動する。
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「聞け――! サンガードを護る、すべての戦士よ!」
「此度は、サンガード皇国、サンブラント皇帝陛下の報復戦!
因果の剣である!」
「悪王カラドリウス・ルベリアを討つ時が来た!」
「この男は、エルフどもと共謀し、
調停の儀の最中、陛下を罠にかけ暗殺した!」
「やつらは統治国家にあらず!
人族の文明に値しない蛮族である!」
「我らは、皇帝の名のもと民を救い、
陛下の仇を討つ!」
「――大義は、我らにあり!!」
ゆくぞー!!
おぉ!!!
進軍が始まる。
――ルベリア王国軍も進み始めた。
もはや、誰がこの流れを止められるのか。
この戦は、歩兵戦になる――そう教えられていた。
湿地帯もあることから、馬を使わず、歩兵隊・弓隊・魔法隊の構成になると。
レンドルは、グリフォート団長の言葉を思い出しながら進んでいると、
小隊長のブルードが声をかけてきた。
「お前はまだ戦を知らん、だが加護持ちだ。
いいな、ためらうなよ。
まずは生き残ることを考えろ」
そう言うと、ブルードは続けた。
「小隊行動の規約を覚えているな」
レンドルが大きく頷くと
「よし、なら生き残れる、大丈夫だ」
そして、他の隊員にも声をかけていった。
戦場で声を荒げず、必要なことだけを確実に伝える。
――この人は、何度も生き残ってきたのだ。
”ためらうな”という言葉が、胸に残った。
加護を持つ自分に向けられた言葉だと、はっきり分かった。
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一日目、二日目と戦いが続き、徐々にルベリア側の被害が増えていった。
そして明日、ルベリアとの攻城戦を迎える。
ブルードたちの小隊は、最後まで念入りに装備を点検した。
刃の欠け、留め具の緩み、革の擦り切れ。
誰かが見落とせば、それは自分だけでなく、隣の命を奪う。
やがて焚き火が起こされ、火の粉が夜空へと散った。
赤く揺れる炎を囲み、兵たちは無言のまま腰を下ろす。
言葉は、ほとんど交わされなかった。
剣を膝に置いたまま目を閉じる者。
鎧を外さず、壁にもたれて眠りに落ちる者。
誰も深くは眠らない。
目を閉じても、耳は音を探していた。
焚き火がはぜる音。
遠くで鳴る金属音。
夜風に混じる、血と土の匂い。
「レンドル、生き残ったな。――どうだ、戦は」
「気持ちのいいもんじゃない……です」
分かっていたことだったが、分かっていなかった。
「剣技も冴えて、身体強化魔法も馴染んでいたようだった。
それが相まって、何人も倒していた」
「……五人から先は数えていません」
レンドルは、視線を落としたまま続けた。
「足が、踏ん張れない場所で……
危ういときも、あったので」
レンドルは、指先に力を入れたまま、視線を上げられなかった。
今は剣を持っていない。
だが、剣を握るときの感覚が抜け切れていなかった。
言い訳だと、自分でも分かっていた。
訓練では、倒れた相手は立ち上がった。
戦場では、倒れた相手は動かなかった。
その違いを、レンドルは今になって本当に理解した。
進め、と身体が命じた。
止まれ、と心が答えた。
その一瞬の遅れが、いくつもの形になって、体に刻まれていた。




