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第9話 紅蓮の瞳に映る狼

「叙任の間で居眠りか?

 ずいぶんと躾もなっていないな……やはり下賤の血か」


 うつらうつらとしていたレンドルの鼓膜に、硬く冷ややかな声が突き刺さった。

 顔を上げると、そこには豪奢な彫刻が施された円柱を背に、一人の男が立っていた。


「貴様、正規騎士に叙任されるブレイズ家のレンドルだな」


 話しかけてきたのは、見上げるほどの大男だった。


「……すみません、この場で待っていろと」


「寝るのを待つとはいわんな、頭も悪いようだな」


「……誰です、あなたは。……そのいでたちは?」


 男が纏うマントの裏地は、深い紫。

 それは王族に近しい、あるいは高位の貴族出身の「上級騎士」であることを示していた。ただの騎士ではない。

 その胸当てには、「黄金の獅子」の紋章が刻まれている。

 サンガード騎士団の中でも精鋭中の精鋭のみが許される紋章だ。


「俺を知らん?ふ、騎士爵程度では知らんか。

 名乗る必要もない」


「何の用ですか」


「貴様にはルベリア遠征にはきてもらいたくないんでな」


 ――行かせたくない?


 レンドルは男の意図を測りかねた。

 なぜわざわざ上級騎士が自分のような者に言いに来たのか。


「……それは俺の意思とは関係ないです、懲罰兵ですから」


「口答えをするな……。

 知っているぞ。

 貴様、エルフの混血だそうだな」


 ランパルザは、獲物を値踏みする獣のようにレンドルの周りをゆっくりと歩き、蔑むように視線を投げた。


「そんなやつが俺と肩を並べて戦うだと、笑わせてくれる。

 いつ後ろから切りつけられるかわかったもんじゃない。

 薄汚い混じりものが」


 ――まただ。


 市場で絡んできたデロスと同じだ。

 場所が神聖な叙任の間であろうと、着ているものが豪華な鎧であろうと、結局は「混血」という一点で俺を否定しにくる。


「なりたくて騎士になるわけじゃない、です」


「はっ、だったらなおさら断ればいいだろ。

 皇妃様をたぶらかしたか?」


「皇妃様からの命令です、断れるはずがない」


 レンドルは拳を固く握りしめた。

 爪が手のひらに食い込む。


「ち、皇妃様か……よけいなことを」


「まぁどうでもいいことだ。

 お前はここでちょっとした怪我をしてもらう」


「……なぜ」


「ルベリアに行かない理由はそれでいい」


「あなたは騎士でしょう、それも上級騎士だ、許されるはずがない」


「誰が許さないというのだ。

 太陽の神ベギラダか?

 それとも雷の神レイナダか?

 誰が許さんというのだ!

 薄汚い混じりものが!!」


「神がどうとか……そんなことは言っていません。

 あなた自身の誇りの話です」


 レンドルの反論に、ランパルザの顔が怒りで歪んだ。


「誇りだと……?

 知っているぞ、お前は銀狼を前に剣も抜けなかった臆病者だ。

 俺が騎士になりたてのころでも、魔物と戦っていたぞ、貴様と違ってな」


「やめてくれ……」


「はっはっは、こいつ震えだしたぞ。

 お前が殺したんだよ。

 お前のせいで、母親は死んだ」


「やめて、くれ……」


 レンドルの呼吸が激しく乱れる。

 胸の奥が、冷たい怒りで満たされていく。


「親父は騎士爵だったな。

 だが母親の“稼ぎ方”は相当立派だったらしいじゃないか。

 騎士爵様のお気に入り――。

 花売り風情が、どうやってその地位を掠め取ったものか……」


 ――やめてくれ……


「はっはっはー、こいつ泣き出したぞ」


「母は誇り高い人だった……やめてくれ」


「赤髪か、お前の母親の髪の毛はなに色だったんだ?」


「やめろといってるだろう!!!!」


 視界が真っ赤に染まった。

 心臓の鼓動が耳元で爆音を立て、全身の血液が沸騰するような錯覚に陥る。


 母を。


 あの、誰よりも気高く、優しかった母を。

 目の前の男は今、その尊厳を泥靴で踏みにじった。


 レンドルの右手は、

 無意識のうちに愛剣の柄に伸びていた。

 砕かんばかりの力で、握りしめる。

 

「おお、鞘に手をかけたな。

 やったな、話が早い」


「なんだ大声をだして……ん、レンドル!!」


 ――その声をかき消すように、

 足早な足音が響いた。


 ブルードが駆け込んできた。


「ロム・ブルード侯爵か。

 あなたの教え子が突然剣を抜いたのですよ」


 ランパルザはわざとらしく肩をすくめた。

 レンドルはまだ柄を握っただけで、剣身は鞘の中にある。

 だがランパルザは、この状況を「レンドルが先に抜いた」ことにしようと、狡猾に微笑んだ。


「まてまてまて!

 ランパルザ!

 レンドルは抜いてはいない!」


「十分だ、遠慮はいらんな、レンドル~?

 貴様の母親のところに行かせてやろう」


 ……立って、レンドル


「うん?」


 ……剣を、取りなさい


 頭の中に、透き通った声が響いた。

 沸騰していた意識が、嘘のように凪いでいく。


 生きるには……


「なにをぶつぶつと。

 ふ、狂ったか?」


 ランパルザは嘲笑いながら剣を抜いた。


 ブルードは知っていた。

 ランパルザは手練れだ。

 恐ろしいまでに鍛錬された現役の騎士。

 滑らかに抜かれた剣先はレンドルを正面に捉えている。

 その構え、その隙のなさは、どれを見ても、今のレンドルでは勝てない。

 ブルードはそう直感した。


「戦うしか……ない」


 レンドルは、吸い込まれるような、ゆっくりとした動作だった。


「抜くな!!レンドル!!」


 ブルードの制止も虚しく、レンドルは剣を抜き、構えた。


「こいつ……、俺に剣を向けたな。

 後悔する前に命を流せ」


 ランパルザの表情から、不敵な余裕が消えた。


「ロム・ウィンダス卿、今わかりました」


 レンドルの瞳の奥には、小さな、けれど消えることのない炎が宿り始めていた。


「な……なにを」


「俺に足りなかったもの、です」


 レンドルは顔の右側に剣を運び、その切っ先をランパルザの喉元に向けた。


「殺す気もないのに、脅しで剣を抜いた俺とは違う。

 俺の命を流すといったこいつは、あの時あらわれた銀狼と同じだ」


 ブルードは喉を鳴らした。

 目の前にいるのは、本当に自分が教えていた訓練兵なのか。

 冷酷な殺気、長年戦場を渡り歩いてきた自分ですら、肌が粟立つほどに鋭い。


「何もしないでいれば、俺は“戦わなかった者”として死ぬ。

 ……そんなんじゃ、あの人に会わせる顔がない」


 ランパルザは、わずかに眉を寄せた。


 格下の、しかも「臆病者」と侮っていた若者が、すさまじい気迫を放っている。


「貴様、何を言っている?」


 不快な汗が首筋を伝うのを、男は感じていた。


「俺はレンドル・ブレイズ。

 ……狼は、名乗らない」


 ランパルザの目が、驚愕と屈辱に剥かれた。

 目の前の「混じりもの」が、自分を「騎士」として見ていない。

 ただの討つべき獣として見下している。

 それが、上級騎士としての彼の誇りを木っ端微塵に粉砕した。


「おのれ騎士の作法も知らぬ、死をくれてやる!」


 ――あの時、剣を抜いていたら。


 後悔の念が、最高の集中力へと昇華される。

 ランパルザが、予備動作を一切見せずに強く踏み出した。


 一気に間を詰めたかと思った瞬間、その身体は急激にレンドルの左へ跳ぶ。

 左から右へ、稲妻のような斬撃。


 レンドルは左足を下げ、右足を軸に、独楽(こま)のように鋭く方向転換した。

 払われた剣を、そのまま紙一重で交わす。


 ――切り払いの反動で、ランパルザの胸が開く。


 ランパルザの剣先が、レンドルの胸をかすめた、その瞬間。


 レンドルは、小さく踏み込んだ。


 ランパルザの胸に、鋭い突きが刺さる。

 即座に剣を引き抜き、左手で刃を制する。


 ロングソードを斜め前へ押し出すように引き、そのまま敵の両眼を裂いた。


 直後。

 叙任の間を、獣のような絶叫が引き裂いた。


 剣が床に落ちる硬質な音は、短く乾いていた。

 ただ、ランパルザの悲鳴だけが、いつまでも空虚に響き渡っていた。

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