第四十八話『返還の痛みと簒奪帝の終焉』
「そ、それでお前は満たされたのか......」
俺は立ち上がりそうヴェルザグにきいた。
「それはこれからだ......」
不機嫌そうにヴェルザグが答える。
「いいや、お前はいつまでも満たされないよ......」
「なに......」
「お前が望んでもお前の欲しいものは手に入らない」
「オールバンクがあれば足りぬものなどない。 全てが思いのままよ」
「思いのまま...... そうだ、だからお前は何も得られない」
「なにを言っている貴様......」
苛立つようにヴェルザグが前に歩く。
「人の欲は尽きない、いくら満たそうとも、穴の空いたコップに望みと言う水はたまらないようにな」
「ずっと望みを注げばよい、オールバンクならばそれができる......」
「できない。 人には望みも望まないことも必要だからだ。 俺は痛みと恐怖を不要だと思い捨てた...... だがやはり必要なものだった。 この世界の全てに不要なものなんてないんだ」
「なにを言っている......」
「......お前がいくら望みを叶えても、叶えられない望みがないなら、それは永遠に満たされることなどないということだ......」
「クククッ、持たざるものの嫉妬か...... 望みを叶えるために人は生きる。 尽きせぬ望みを永遠に満たし続けることが私にはできる!」
「望みは叶わないから、大切なんだよ」
「......もう下らぬ問答はよい。 死して我が幸福を羨むがよい」
ヴェルザグはリゼルダインの落とした剣を拾い俺に振り下ろそうとした。
「オールバンク...... 【返還】《リターン》の技能を」
「今、オールバンクと言ったか...... ぐぅぅ! なんだ! この体の痛み! 痛みだと!? 私には痛みもあらゆる苦痛を捨て、解放されているはず......」
「返還したんだ。 お前がオールバンクに交換したものをお前にな......」
「ありえん! そんなことをしたらお前の生命力などなくなるはず! ぐううう!」
体を押さえながらヴェルザグは焦るように言った。
「ならば奪うまで! 簒奪!」
だがなんの変化もない。
「......なんだ、なぜなにも起こらない!」
「お前はもう簒奪は使えない。 俺がお前から手にいれたからな」
「馬鹿な! あれは使うためには膨大な対価を必要とするはず! 私が奴隷だったとき、持っている全てを失って手に入れた力だぞ!」
「ああ、俺の生命力じゃ足りないさ...... だから全ての技能を捧げ、そして......」
俺は懐から宝玉を出した。 宝玉は俺の掌から、とけるように消えていった。
「そ、それは宝玉! 最後のひとつを持っていたのか! それを交換に!」
「諦めろ...... お前の欲しいものは手に入らない。 いや......」
「なめるなよ! オールバンクで新たな技能をいくらでも手に入れられる! 貴様にはもはや宝玉もない! オールバンク!!」
ヴェルザグの声が虚空にむなしく響く。
「な、なぜだ...... なぜオールバンクは答えない......」
「オールバンクはもうお前のものじゃない」
「ま、まさか...... お前が簒奪で奪ったと言うのか...... ありえん!
そんなことは断じてない! あれは私が膨大な年月を繰り返し生命力を奪われて手に入れたもの! 例え技能でも宝玉でも交換などできない!!」
ヴェルザグは取り乱し頭をかきむしる。
「なぜだ!!」
「俺も全てを捨てる気だった...... だがその必要はなかった」
「だから、どうやって私からオールバンクを奪った!!」
「簒奪だ」
「嘘だ! 簒奪ならお前は死ぬ程度ではすまない! 嘘をつくな!!」
そうヴェルザグは語気を強めた。
「......お前はオールバンクを手にいれるためにどんな対価を払った」
「見ていただろう! 膨大な時間と労力を払っているだろうが!!」
「......違う、お前がオールバンクを作るときに、失ったものがあるのか?」
「失ったものだと! 対価として生命力、国や民を......」
「そうだ、オールバンクは対価を求める。 だがお前は苦痛や感情を全て失った...... 国や民になんの愛情もない。 生命力も不死だった。 それは失ったとしても、お前にとってとるに足らないものだった」
「だが! 簡単に得られるものでは...... この私からだぞ! 私から奪い取れるわけが......」
「俺はアプレイザルでお前の価値を見たが、その価値はゼロだったよ」
「そ、そんな、私の価値がゼロ......」
ヴェルザグは愕然としてその場に立ち尽くした。
「全てを失ったお前には人間としての価値はなくなっていた...... だからお前のオールバンクも価値はゼロだったんだ」
「......そ、そんな。 ぐぅぅ! 痛い...... なんだこの痛み! 傷ではない! 感じたことのない痛み! 心がかきむしられるようだ!」
「それは罪の意識だ...... お前がやってきたことが返還で全てを返した」
「民たちが苦しんでいる...... かつての私のようだ...... そんな...... やめろ! そんな目で私をみるな! やめろ! やめてくれ!! 悪かった! 許してくれ!!」
ヴェルザグは徘徊するように歩き回って倒れると、砂のように崩れ去り、虚空に消えていった。
まるでそこには最初からなにもなかったようだった。




