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茉莉花トニック  作者: 耀羽 絵空


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第7章「真実への手がかり」

「浄化レシピ」を試す前に、茉莉は花想庵の店主に相談することにした。


「ノートに新しいレシピが現れたのですね」


 店主は茉莉の話を聞くと、深刻な表情になった。


「見せていただけますか?」


 茉莉はレシピノートを開いて、新しく現れた「浄化レシピ」のページを見せた。


 店主はじっくりとそのページを眺めた。


「興味深いですね。これは確かに、偽物の効果を打ち消すためのレシピのようです」


「では、使っても大丈夫でしょうか?」


「基本的な構成は安全だと思います。でも、一つ気になることがあります」


 店主は茉莉を見つめた。


「この文字、以前の『強化レシピ』とは違いますね」


「違う?」


 茉莉は改めてページを見た。確かに、文字の雰囲気が少し違う気がした。


「『強化レシピ』は、あなたの意識が投影されたものでした。でも、これは...」


 店主は言葉を選んでいるようだった。


「まるで、誰か別の人が書いたような印象を受けます」


「別の人?」


「あなた以外の、このノートを使ったことがある人。もしくは...」


 店主は少し躊躇してから続けた。


「もしくは、あなたの『他の可能性』からのメッセージかもしれません」


「他の可能性?」


 茉莉には意味が分からなかった。


「茉莉さん、最近、不思議な体験をしていませんか?自分とよく似た人を見たり、夢の中で別の自分と会ったり」


 茉莉は驚いた。なぜ店主にそれが分かるのだろう。


「実は...」


 茉莉は最近の体験を話した。夢の中の人影、窓の向こうの人影、聞こえてきた声。


 店主は頷きながら聞いていた。


「やはり、そうですか」


「これは一体何なんですか?」


「茉莉さんは、とても特別な状況にいます。一つの魂が、複数の可能性に分かれて存在している状態です」


「複数の可能性?」


「はい。あなたが選ばなかった人生、歩まなかった道。それらが、別の世界で実現している可能性があります」


 店主の説明は、茉莉には理解が困難だった。


「つまり、別の世界に、違う人生を歩んでいる私がいるということですか?」


「簡単に言えば、そうです。そして、そのような状況が生じるのは、あなたが何か重要な選択をした時です」


「重要な選択?」


 茉莉は考えた。自分が重要な選択をした時期。


「トニックを作り始めた時でしょうか?」


「それも一つでしょう。でも、もっと根本的な選択があったはずです。あなたの人生の方向性を決定づけるような」


 茉莉は記憶を辿った。でも、そんな重大な選択をした覚えがない。


「今は分からなくても大丈夫です。時が来れば、自然に思い出すでしょう」


 店主は優しく微笑んだ。


「それより、今は目の前の問題に集中しましょう。『浄化レシピ』を試してみる価値はあると思います」




 茉莉は橋本教授にも相談した上で、慎重に「浄化レシピ」を試すことにした。


 レシピは従来のものと似ていたが、いくつかの違いがあった。


 まず、茉莉花茶に加えて、カモミールティーも使うことになっていた。カモミールには心を落ち着かせる効果があるという。


 次に、蜂蜜ではなく、氷砂糖を使うことになっていた。より純粋で、雑味のない甘さのためだという。


 そして、月の水に加えて、朝露も必要だった。新鮮な始まりを象徴するものとして。


 最も重要なのは、作り手の願いだった。


『相手を変えようとするのではなく、相手が本来の自分を取り戻せるよう願うこと』


 そう書かれていた。


 茉莉は心を込めて、浄化トニックを作った。


 偽トニックの被害者の中で最も深刻だった、妄想的な行動を取っていた学生から試すことにした。


 その学生は、法学部の2年生で、田中健太たなか・けんたという男性だった。偽トニックを飲んでから、「自分は何でもできる」と信じ込み、授業をサボって無謀な起業計画を立てたり、高額な商品を借金して購入したりしていた。


「田中さん、少しお話しできますか?」


 茉莉は慎重に田中に声をかけた。


「あ、茉莉さん。どうしたんですか?」


 田中は異常にハイテンションだった。


「実は、相談があるんです。最近、何か変わったものを飲みませんでしたか?」


「ああ、あのお茶ですか?確かに飲みました。すごい効果でしたよ!」


 田中は興奮して話し続けた。


「飲んだ瞬間から、世界が変わって見えたんです。自分にはできないことなんてないって確信できて」


 茉莉は心配になった。これは明らかに異常な状態だった。


「田中さん、実はそのお茶に問題があったんです」


 茉莉は偽トニックの危険性について説明した。


「嘘でしょう?僕はこんなに調子がいいのに」


 田中は信じようとしなかった。


「でも、最近の行動を客観的に見てください。本当に合理的だと思いますか?」


 茉莉は具体的な例を挙げて、田中の最近の行動がいかに危険かを説明した。


 最初は反発していた田中だったが、次第に不安になってきた。


「確かに、言われてみると...」


「大丈夫です。元の状態に戻る方法があります」


 茉莉は浄化トニックを取り出した。


「これは、心を本来の状態に戻すためのお茶です」


 田中は迷っていたが、最終的に飲むことに同意した。


 浄化トニックを飲んだ田中は、しばらくボーッとしていた。そして、急に我に返ったような表情になった。


「あれ?僕、何してたんだっけ?」


「覚えていませんか?」


「なんだか、夢を見ていたような気分です。すごく現実離れした夢を」


 田中は混乱していたが、明らかに正常な状態に戻っていた。


「茉莉さん、僕、変なことしてませんでしたか?」


「少し調子に乗りすぎていただけです。大丈夫ですよ」


 茉莉は安堵した。浄化トニックは効果があったようだ。


 その後、茉莉は他の被害者たちにも浄化トニックを試した。攻撃的になっていた学生も、受動的になっていた学生も、全員が正常な状態に戻った。


 橋本教授も、その効果に驚いていた。


「心理学的に説明するのは困難ですが、確実に効果がありますね」


「プラセボ効果では説明できないんですか?」


「プラセボ効果にしては、あまりにも確実で速効性があります。何か別のメカニズムが働いているのかもしれません」


 茉莉も不思議だった。浄化トニックの効果は、自分が予想していた以上に強力だった。




 偽トニックの問題が解決した後、茉莉は改めてレシピノートを見直した。


「浄化レシピ」のページをじっくり読んでいると、ページの端に小さな文字があることに気づいた。


『ありがとう。でも、気をつけて。もっと大きな問題が来るから』


 茉莉は震えた。これは誰からのメッセージなのだろう。


 その夜、茉莉は再び不思議な夢を見た。


 今度は、三人の女性が鮮明に現れた。一人は自分、一人は以前から見ていた人、そして三人目は浄化レシピを教えてくれた人のようだった。


「お疲れさま」


 三人目の女性が言った。


「でも、これはまだ始まりよ」


「始まり?」


 茉莉が聞くと、一人目の女性が答えた。


「私たちの世界でも、同じような問題が起こってるの。でも、もっと深刻よ」


「私たちの世界?」


「そう。私たちは同じ存在の、異なる可能性なの」


 三人目の女性が説明した。


「あなたは『トニック』の世界にいる。二人目は『パニック』の世界にいる。そして私は『統合』の世界にいる」


 茉莉には意味が分からなかった。


「やがて、三つの世界が接触することになる。その時、私たちは一つになる」


「一つに?」


「そう。本来の、完全な自分に戻るの」


 三人の女性は微笑んだ。


「でも、その前にしなければならないことがある」


「何を?」


「それぞれの世界で起こっている問題を、解決すること。そして、真の自分を受け入れること」


 茉莉は目が覚めた後も、夢の内容が頭から離れなかった。


 三つの世界?異なる可能性?統合?


 すべてが謎だったが、一つだけ確信できることがあった。


 自分は一人ではない。どこかで、同じように頑張っている自分がいる。


 そして、いつか必ず会える。


 その日の午後、茉莉は図書館で勉強していた時、奇妙な現象を体験した。


 本を読んでいると、突然文字がぼやけて見えなくなった。そして、一瞬だけ、別の光景が見えた。


 同じような図書館だったが、微妙に違っていた。そして、そこには自分とよく似た人が座っていた。その人も、同じように勉強していた。


 茉莉が目を擦ると、元の図書館に戻った。


「幻覚?」


 茉莉は不安になった。


 でも、それは幻覚ではなく、別の世界を垣間見た瞬間だったのかもしれない。


 その日の夜、茉莉は花想庵を訪ねた。


「最近、また不思議な体験をしています」


 茉莉は店主に最新の体験を話した。


「いよいよ、その時が近づいているようですね」


 店主は予想していたような反応だった。


「その時?」


「三つの世界が接触する時です。あなたが他の可能性の自分と出会う時です」


「それはいつ頃になるのでしょうか?」


「そう遠くないでしょう。でも、その前に、あなたがしなければならないことがあります」


「何ですか?」


「真のトニックを作ることです。今度こそ、正しい方法で」


 店主は茉莉を見つめた。


「あなたは多くのことを学びました。失敗も経験しました。そして、人を本当に助けるとはどういうことかを理解しました」


「はい」


「今度は、その知識と経験を活かして、本当に人のためになるトニックを作ってください」


「でも、トニックはもう...」


「いえ、適切に使えば、トニックは素晴らしい力を発揮します。問題は使い方だったのです」


 店主は微笑んだ。


「あなたなら、もう大丈夫です」


 茉莉は決意した。


 もう一度、トニックに挑戦してみよう。でも今度は、これまでに学んだことを全て活かして。

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