韮沢隆治と杉森圭吾の話⑩
響壱も、仕事の都合で日本を離れられず、現地には行けなかったものの、もちろんこの試合を、最初から片時も目を離さないといった状態で、観ていた。
そして、彼にとっても、ようやくたどりついた、念願の、圭吾との対決のときが訪れたのだ。
やったな、隆治——。
二人が勝負をするという目標が、それも、野球の最高峰の戦いの場であるメジャーリーグで、叶った。
とはいえ、やるからにはやはり、隆治にぜひ圭吾をアウトに打ち取ってもらいたい。彼自身も野球をプレーしていたので、圭吾がいかにすごいかは実感としてよくわかっている。あの神レベルのプレイヤーを、自分の弟が抑えたら、嫉妬などはまったくなく、夢心地の嬉しさだ。
「隆治、頑張れよ!」
少しの邪魔も入らないように、一人で観戦しているにもかかわらず、彼は思わずそう声を出して応援したのであった。
芽生と智香も日本で、試合の中継映像を、一緒にずっと観ていた。
「やっぱりかっこいいな」
代打で出てきて、ネクストバッターズサークルで素振りをし、打席に向かっていく圭吾を目にして、芽生がつぶやいた。
その言葉を受け、智香が話しかけた。
「あんた、あの人をフっちゃったけど、『もったいないことをしたな』って、後悔してるんじゃないの?」
圭吾には「告白されたことを智香にしゃべらない」と口にしていたのに、芽生は教えていたのだ。といっても、自ら積極的に語ったのではない。智香が、あの日二人きりにしたように、芽生と圭吾をくっつけようと、その後もいろいろ言ったりやったりしてきて、拒んでも収まらないので、「実は圭吾くんから交際を求められたけれど、断った」と打ち明けたのである。
「後悔なんて……。だって、応援するようになった大学生のときから今に至るまで、変わらず圭吾くんは私なんかにはもったいない人だから」
「ふーん」
智香はそう相槌を打った後、はっとした感じになって言った。
「あんた、まさか、『好きなのは野球選手としてで、恋愛感情はない』っていうのは、嘘なんじゃ……」
「……フフフ……」
芽生は思わせぶりな笑みを浮かべ、答えを口にしないまま、試合の画面に再び目をやった。いよいよ隆治と圭吾の対決が始まるからで、智香もとりあえずそちらに意識を戻したのだった。
脚を上げて、隆治が一球目を投げた。外角低めへの、百五十キロを超える、バッターにはまるで浮き上がってくるように見える、素晴らしいストレートで、圭吾は見逃して、ストライク。
すごい球だ——。
かつて橋本大成や桐崎厚がなったのと同じく、圭吾は、初めてバッターボックスからその直球を見て、驚いた。自分をメジャーリーグへと導いた、観客席で目にした奪三振ショーの試合もびっくりしたが、なるほどあのときの打者たちが手も足も出なかったのはもっともだと納得した。
そして、負けまいと、より一層集中力を高めた。
続く二球目は、内角高めへのカットボール。ストライクゾーンからほんの少し外れ、圭吾はやはりバットを振らずに、ボール。
三球目。真ん中からアウトローへ落ちるシンカー。ここで、圭吾は初めてバットを動かした。
「オオーッ!」
球場は大いに盛り上がった。打球はライトのポール際に高々と上がったのだ。距離は文句なしである。
しかし、本当にわずかに切れて、ファウルだった。
「オー」
今度は球場じゅうからため息が漏れて、それが響き渡った。
……。
隆治は圭吾のすごさを再認識した。もう復帰してしばらく経過したとはいえ、本当にプロ野球界で七年以上のブランクがあったのだろうか? あの外のボールを、引っ張って、あそこまで飛ばすなんて、技術もパワーも尋常ではない。年齢も、今年で三十三になるはずだが、まったく衰えていない。自分が衝撃を受けた、日本シリーズでのバーンズからのホームランが、頭に蘇った。
一方で、さらに自分の魂が燃え上がるのを感じた。
このスーパースターを打ち取ってみせるぞ! それも、ただのアウトではなく、三振でだ!
四球目。キャッチャーが少し腰を浮かせた。
「うおりゃー!」
隆治は、持てる最大の力で、渾身のストレートを投げた。
「くっ!」
圭吾は、真ん中高めに来た、すさまじい威力の直球に対し、目一杯打ちにいったけれども、バットは空を切った。
と、思いきや、かすっていて、ボールは真下に落ち、キャッチャーは捕れず、ファウルとなったのだった。
「ウオオオオー!」
この熱戦に、観客のボルテージは最高潮に達し、スタジアムは異様な空気に包まれた。もはや、どっちを応援するでもない。
が、目の前の光景を見逃すまいと、大歓声から一転して、球場は静まり返った。
そして、運命の第五球——。




