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スーパースターな男II  作者: 柿井優嬉


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韮沢隆治と杉森圭吾の話①

 響壱は続けた。

「プロの野球のピッチャーで、アメリカのメジャーリーグでプレーしている、韮沢隆治の兄です」

「ああ。あの、ダイナソーズの」

 圭吾は言った。

「ご存じでらっしゃいますか?」

「そりゃあ、あれほどの活躍をしてますからね。日本人なら野球に詳しくなくったってみんな知っていますし、私もプロ野球のプレイヤーでしたから」

「大変失礼いたしました」

 響壱はおじぎをした。

「で、どういったご用件なのでしょう?」

 圭吾は問いかけた。

「初めてお目にかかる立場で、いきなりこんなことを口にするのがいかに無礼であるのかは重々承知のうえで、お願いにあがりました。どうか、プロ野球界に選手で復帰をして、隆治と勝負してやってください!」

 響壱は、これ以上は無理というくらいに深く頭を下げた。

「もっと早くにこうするべきだったんです。引退なさってから、最近の活動をされるようになるまでの間は、杉森さんのいらっしゃる場所がまったくわからなかったので、コンタクトを取るのは難しかったと思いますが、それでもなんとか捜しだして」

 圭吾は軽く首をひねった。

「いや、俺なんて別に必要ないでしょう。彼、メジャーリーグで、すごい選手たちと対戦し、しかもほとんど打たれずに、タイトルを獲るほどの大活躍で、充実した日々を送っているんですから」

 今の言葉の通り、隆治は、最初こそブラウンに手痛い一発を浴びせられたものの、高校時代や日本のプロ野球でやってきたのと同様の努力によって、その後の打席では彼をほぼ完璧に抑えるなど、素晴らしいピッチングをし、メジャー二年目の昨年には最多勝を獲得して、ピッチャーにとって最高の名誉である、投手MVP賞に輝いたりと、さすがに日本のときくらい敵なしといった状態まではいかないけれども、野球ファンであれば全米じゅうの人が知っている、トップ選手の地位まで上り詰めていた。現在は三年目のシーズンが開幕してすぐの時期である。

 もちろん喜ばしい状況であることに間違いはない。しかし、それは同時に、日本でのプレー時代がそうだった、モチベーションの低下のピンチでもあったのだ。

 ただ、そういう置かれた立場や環境云々ではないのかもしれないと響壱は思うようになっていたのである。彼は圭吾の言葉に反論した。

「それでは駄目なんです。あいつは杉森さんと対戦がしたくてプロの世界に飛び込んだようなものなので、いくらタイトルを獲るほどの優れた成績を残しても、別の並外れた力を持つバッターが現れたとしても。本人は、恵まれている現状を当然理解していますから、ひんしゅくを買うだとか、誰かに迷惑がかからないように、普通を装っていますが、初恋が忘れられないとでも申しましょうか、あなたとの勝負が叶わなければ心は満たされない。私に向かってさえ、口にすることはありませんけれども、それをあいつ自身もおそらく今、改めて感じているんだと思います」

「……そうですか……」

 これまでもたびたび現役への復帰を求められ、人が善い彼には珍しく首を縦に振ることはなかったわけだが、あそこまでの高い能力のプレイヤーが、何年間にもわたり自分との対戦を熱望してやまないうえに、他の誰も自分の代わりにはならないというその話を聞いて、圭吾の心はかなり揺れ動いた。

「でも……トップのプロ以外の野球や、他のスポーツの、選手を支援する活動が軌道に乗りかけてますし、メインともいえる、一般の人たちに対する経済的なサポートはまだほぼ何もできていない段階ですので……」

 それでも、やはり断る気持ちのほうが大きかったのだった。

 しかし、その場にいて、今までの話を聞いた、芽生が圭吾に声をかけた。

「だけど、確かに今すぐ支援が要る人もいるでしょうけど、それは本来は政治家なんかの仕事なわけだし、圭吾くんがプロでは野球をできない年齢になってから、いくらでも取り組めるよ」

「……でもなあ、大斗くんに言われたときもそうだったように、自分の中で百パーセントやる気になれていないのにプロの世界に復帰しても、球場やテレビで観てくれる人たちにも、何より、隆治くんにも、失礼じゃないかと思うんですよね。そんな緩い状態の相手だったら、彼も、いくらずっと希望してくれていた対戦が叶ったとしても、嬉しくないんじゃないかなあ……」

 少しの間、沈黙となった。

「そうですか。お気持ちはわかりました」

 響壱がまた口を開いた。

「では、せめて、現地に行って、あいつと顔を合わせて、激励してやってもらえませんでしょうか? お願いします!」

 彼はもう一度大きく頭を下げた。

「いや、まあ、それくらいのことで良いのであれば、もちろん喜んでやらせていただきますよ」

「ありがとうございます」

 響壱は、もっと以前にも圭吾にプロへの復帰を直談判しようかと思いついたけれども、引退なんて重大な行為を、まして面識のない自分のお願いで、考え直すはずがないと判断して、行わずにいたのだった。

 だが、やはりそうすることで圭吾の復帰を実現するしか隆治を元気にはさせられないと思い至り、こうして来たのだけれど、ただ熱心に頭を下げて訴えるだけでなく、なんとかうまくいくように策を練っていたのだ。

 過去にひどいことをしてしまった、また、それがなくとも、自分にとってたった一人の兄弟である、隆治のために。



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