韮沢隆治の話⑱
ベースボールの本場であるアメリカ合衆国だけれども、スポーツ界でのその野球の人気は、それほど高くはない。
まずアメリカンフットボールが飛び抜けた状態でトップであり、次いでバスケットボールがきて、野球は続く三番目くらいといえる。テレビの視聴率で比較すると、アメリカンフットボールの優勝決定戦のスーパーボウルは五十パーセント程度と、国民の二人に一人が観ている計算になる一方、野球はその年の全三十球団のなかのチャンピオンチームを決めるワールドシリーズであっても、十パーセントにも達しないのが最近では当たり前になっている。なかでも、若者に野球離れの傾向が強いのである。
所属チームのスピリッツ内にとどまらず、メジャーリーグ全体を代表するバッターであり、破格の年俸をもらってはいるが、ブラウンにはその状況が悔しくてたまらない。それというのも——
「パパ、見てー。うまいでしょ?」
「おおー。ほんとだなー」
口ひげを生やし、コワモテながら、子煩悩な彼は、自宅の庭にいる息子に笑顔でそう返事をしてあげるものの、大きくなってきたその小学生の我が子が今、毎日寝ても覚めてもというくらいに夢中でプレーしているのは、サッカーなのだ。
世界中の人々を魅了するこのスポーツは、一九九四年にワールドカップが開催されたりしても、なぜだか米国にはなかなか根づかなかったけれども、ここのところようやく人気が出てきて、観客は大幅にアップしている。いずれ、ファンの数で、野球はサッカーにも追い抜かれてしまうかもしれない。
息子は野球にまったく関心を示さないのだが、彼の友人たちも同じで、一緒にやる相手がいないのだから、どうしようもないというものだ。
「くそー」
ブラウンは、どうすればアメリカ国内のもっと多くの人に、野球に興味を持ってもらえるかを考えた。
近年、というか、もうかなりの年月になるけれど、メジャーリーグでは、ドミニカ共和国やプエルトリコ、キューバ、メキシコ、韓国、オランダ、そして日本など、海外からやってきた選手の活躍が目覚ましい。裏を返せば、アメリカの選手たちの出番は減っている。また、政治や経済といった分野におけるアメリカ合衆国の国際的な地位も、以前ほどではなくなっている。
これらすべてをリンクさせて、ひっくり返せばいいのではないか、と彼は思いついたのだった。
要するに、アメリカの選手である自分が、優秀な外国人選手をやっつけることで、野球というスポーツ、そこでプレーするアメリカの選手、そしてアメリカという国家、それぞれの相対的な立場の低下を嘆く人々の留飲を一度に下げることができ、野球の人気獲得の足掛かりにできるのではないか、というプランである。
このターゲットとして、ブラウンが目をつけたのが、隆治だったのだ。
隆治の日本での成績はずば抜けていたので、遅かれ早かれブラウンの耳にも入ったであろうが、最初にその存在を知ったのは、元チームメイトで親交があり、圭吾に日本シリーズでホームランを打たれた、あのバーンズからの情報だった。
メジャーリーグにやってきそうな、力のある日本人選手について尋ねると、バーンズは即答した。
「ニラサワというピッチャーだ」
「そいつがナンバーワンか? 他には?」
「スギモリという天才的なバッティング能力がある内野手が、少し前まではトップだったけれども、引退してしまった。現時点ではニラサワが、ここ日本でプレーする、最も優秀な選手で間違いない」
「ほう。ピッチャーならば、ぜひ対戦してみたいものだな。いつ頃こっちに来そうだかは、わかるか?」
「こっちのフリーエージェントには二通りあって、国内のチームにのみ移れるものと、メジャーリーグに挑戦できる海外FA権というのがあるんだが、後者を取得するには、たしか最短でもこっちで九年間プレーする必要があるんだ。ただ、ポスティング制度による移籍というのもあって、所属球団が承認すれば、九年を待たずに行けるし、それで契約が成立すると元いた球団にもお金が支払われるから、多く実施されているゆえ、実現の可能性は大きい。とはいえ、保有している球団はやはりそうやすやすと手放したくはないんで、フリーエージェントになる一年か、せいぜい二年前に認めるというケースがほとんどであって、ニラサワは若いから、まだしばらくはかかるだろうな」
「そうか。まあ、仕方がないな」
であれば、他の国の選手にするか——。
日本人選手は最近とりわけ活躍が目立つし、見た目から外国人なのが一目瞭然であるなど、条件的に好ましかったけれども、バーンズに口にした通り、しょうがないので、そのようにブラウンが考えた矢先だった。
隆治が、思っていたよりもかなり早く、ポスティング制度によって、メジャーリーグにやってくることになったのである。




