韮沢隆治の話③
隆治も、兄の響壱と同じく、中学生になると、通っている学校の野球部に所属することにした。
入部して早々に、二年生の重内拓夢という部員が、一年生をグラウンドに集めて、こう言った。
「お前らのなかで、ピッチャー志望の奴はいるか?」
拓夢は、下級生相手にとても偉そうな態度で、性格が良くなさそうだし、名乗りでても得になることがあるとはまったく思えなかったけれども、後で「実はやりたいんです」となるほうがもっと好ましくない展開に至りそうなので、隆治は正直に手を挙げた。他にも数名が同様に申告した。
「じゃあ、一人ずつ投げてみろ」
ということで、拓夢と一緒の二年生で、上級生のなかで唯一その場に同席していた、がっしりとした体型の堀田雅彦という部員がキャッチャーを務め、順番にピッチングを行うことになった。
「おー、なかなか速い球を投げるじゃねえか」
「おいおい、ひでえな。お前、本当にピッチャーをやりたいのか?」
拓夢はそういった具合に感想を口にするのみで、助言をしたりはしなかった。彼としては、一年生の実力を見つつ、単に威張りたいだけだったのだ。
「お前で終わりだな?」
「はい」
誰かが仕向けたのではなく、たまたま、隆治が最後になった。
「お願いします」
彼は、帽子を取って、キャッチャーの雅彦におじぎをした。
「ほお、サウスポーか。見た目は頼りないが、コントロールが良ければ、ワンポイントのリリーフで使えるかもな」
拓夢が腕を組んでそう口にした。隆治は激しい筋力トレーニングなどはやっておらず、体つきは小学生のときからのままで平凡なので、頼りないと言われれば否定はできない。とはいっても、拓夢の体格も細身でたくましさはまったくなく、隆治とほとんど変わらないのだが。
ともかく、隆治は、「どう投げるのがいいか」と考えたりはせず、いつも通り普通にボールを放った。
「……」
その投球を目にして、拓夢は圧倒されて言葉を失った。
隆治はやはり利き腕ではない左でピッチングを行ったわけだけれども、それでも彼の才能と努力によって、野球のすごいプレーを見ることだけならばざらな、野球部の人間をびっくりさせるまでの実力になっていたのである。
「……お前、名前は?」
ようやく拓夢は声を出すことができて、左投げという以外はまったく興味がなかった隆治に尋ねた。
「韮沢です。下の名前は、隆治です」
「え? もしかして、去年までうちにいた、韮沢先輩の弟か?」
拓夢は軽く驚いて問いかけた。
「はい、そうです」
すると彼は、ごにょごにょと、ほとんど独り言といった感じでしゃべった。
「なるほど、どうりで出来がいいわけだ……」
隆治が通っている中学は、自宅の近所の公立校で、響壱も行っていたところだ。二人は三歳差なので、入れ違いということになる。
隆治ほどではないものの、響壱も、少年野球チーム時代がそうであったように、野球の能力は高く、部の中心選手だったのだ。
後日、授業の合間の休み時間に、隆治は拓夢に呼ばれた。そして、廊下で、次のように言われたのだった。