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スーパースターな男II  作者: 柿井優嬉


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韮沢隆治の話⑰

「来た、来た! 韮沢だ!」

「かっけー」

「韮沢さーん!」

 他の選手たちを圧倒する成績を残し、加えて、人柄も誠実で素晴らしいとあって、圭吾と入れ代わる格好で、隆治は日本のプロ野球、もっと言うと、日本のスポーツ界全体をも代表する、スーパースターになった。

 しかし、である。

「韮沢選手、サインしてください」

 球場での移動のときに、野球のボールとペンを持った、小学校の一年生くらいであろう男のコが声をかけ、隆治はうなずいて、サインをしてあげた。

「……」

 嬉しいのを抑えきれないといった満面の笑みの少年だったが、なぜか、その顔からだんだんと表情がなくなっていった。

「はい」

 隆治がサインをし終えて、ボールとペンを返した。

「あ、ありがとうございました」

「よかったわねー、シュンちゃん」

 一緒にいる男のコの母親が、少し前までの彼とそっくりの、顔いっぱいの笑みを浮かべて言った。

「う、うん……」

「どうしたの?」

 我が子の様子がおかしいことに気づいて、彼女は問いかけた。

「……別に」

 その子どもは感じ取ったのだった。隆治の、一面が氷で覆い尽くされたような、冷え冷えとした心の中を。

 隆治は、圭吾が引退してしまい、彼の代わりとなる自分を脅かす存在も出てこない環境で何年もの間プレーして、メンタルは崩壊するのではないかというほどまで落ち込んでいた。誰に対しても礼儀正しい態度で接し、遠目にはわからないが、間近にすると、今の男のコに限らず、そのどんよりとした暗い空気感で、スター選手と触れ合えた喜びも一気に吹き飛んでしまうのだった。

 そんな抜け殻みたいな精神状態でも、変わらず勝ち続けられるくらい、隆治の力は日本のプロ野球のなかで飛び抜けていたのである。

「韮沢をメジャーリーグに挑戦させてやってください」

「俺からもお願いします」

 見かねたチームメイトたちが、球団のフロントにそう訴えた。

 彼らが、出過ぎたまねともいえる、そんなことをしたのは、隆治が助けてやりたいと思うだけの善い人間であり、あまりの心の状態のひどさに、かわいそうで黙っていられなかったのと、今のところはなんとか大丈夫であっても、このメンタルではいつ成績が振るわなくなるかもしれず、その心配が現実となったら、同じプレイヤーとして非常にもったいないとの思いからだった。

 ジェッツにとっても、保有した五年間で、隆治に支払える年俸は上限まで達してしまっていたし、成績でも経営面でもこれ以上ないくらいに貢献してくれたこともあり、本人を呼びだして、尋ねた。

「もしきみが望むなら、ポスティングでのメジャーリーグへの移籍を容認するけれども、どうするね?」

 今やメジャーリーグでのプレーを希望する選手の多くがそのことを堂々と公言するなか、隆治はそれまでメジャーリーグのメの字も口にしたことはなく、チームメイトたちがフロントに訴えたのもだが、球団側からほとんど勧めるように意思を訊くなどという、このようなケースは異例中の異例だ。

 そう提案されたことで、彼も、メジャーリーグのハイレベルなバッターたちを相手にすれば、自分のモチベーションが上がるかもしれないと考え、後日、次のように返事をしたのだった。

「メジャーリーグに挑戦する決断をしたので、ポスティングの申請をお願いします。今までお世話になったうえに、最後にこのような計らいまでしてくださって、心から感謝申し上げます。どうもありがとうございました」

 こうして、隆治は海を渡り、獲得したいと手を挙げた数多くの球団との交渉の末に、名門のシカゴ・ダイナソーズと契約した。


「日本の諸先輩方がメジャーリーグで結果を残しておりますけれども、だから自分もうまくいくに違いないなどと安易に考えてはいません。とにかく必死に練習し、試合で良いプレーして、シカゴのファンの皆さんに喜んでもらえるように頑張ります。どうぞよろしくお願いします」

 日本でのずば抜けた成績により、鳴り物入りでのメジャー挑戦となった彼の会見の映像を、ガムを噛みながら熱心に見つめる選手がいた。

 それは、今までに三度のホームランキングに輝き、MVPに選出された経験もある、現在は常勝チームのニューヨーク・スピリッツの主砲を担っている、ロジャー・ブラウンであった。



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