杉森圭吾の話⑫
「で、またほっぺたをバチーンって叩かれたってわけ?」
「……はい」
智香に訊かれて、圭吾は「暴力を振るうのは勘弁してほしいですよ」といった表情でうなずいた。彼らに、芽生を加えた三人で、今、カフェでお茶をしている。
圭吾は、児童公園で出合い頭にやられたのに続いて、前の場面のプロ野球選手への復帰を断った直後にも楓に平手で思いきり殴られたせいで、左側のほおが若干ハレているのである。
「しょうがないじゃないねー、断ったって。体力的に、そんな簡単に現役に復帰なんてできないことくらい、野球について全然知らない私にだってわかるわよ。もう引退してから五年も経ってるんだからさー」
心の中ではちょっと笑っているが、さすがにそのまま顔に出すのは圭吾に失礼なので、同情している感じで、智香は言った。
「いや、体を動かすことは好きで、激しい運動や、野球自体も友人たちなんかと今でも年中やっているので、体力面だけならできなくはないと思います。ただ、俺がその気でも、獲得してくれる球団がなければどうしようもないですよね」
「あら。じゃあ、名乗りをあげるところがありさえすれば、復帰するってことなの? それなら——」
「あるんじゃないの?」と続くのがわかる言い方で、智香は訊いた。
「いいえ」
圭吾は首を横に振った。
「たとえあったとしても、やるつもりはありません。あの楓ちゃんの言い分に納得はしましたけど、それでもやっぱりもらえる金額がプロ野球選手は高過ぎると思うんですよね、他のスポーツのプレイヤーや、一般の仕事の人たちと比べて。自分の中でそこが引っかかったままなのに現役に復帰しても、観客やファンの方々を喜ばせられる満足なプレーはできない気がして。俺が引退するとき、村里さんもそうだったと言われましたけど、ショックを受けるまでなった人もいる以上、中途半端な状態で戻るのは失礼だというのもあります。大斗くんのためにやりたい気持ちも、あるにはあるんですが……」
「ふーん」
智香の相槌の後、少しの沈黙が訪れた。
「あの」
それを破ったのは芽生だった。
「だったら、他のスポーツのプレイヤーや、一般の人たちも、もっと収入が増えるように、自分で何かやったらどうですか?」
「え?」
圭吾が軽く驚いて声を出した。
「以前ほど騒がれなくなったといっても、今も日本じゅうの人が誰かわかるくらい有名なわけで、その知名度を活かしたりして、やれることがあるんじゃないのかな? なんだったら、私も協力しますし」
「あれれ。彼の前ではずっとおとなしかったのに、やけに積極的じゃないの、芽生。どうかしたの?」
面白いことになりそうだと感じた智香が、微笑んで問いかけた。
それに対し、芽生は真顔で答えた。
「だって、私も見たいから。プロ野球界に選手で復帰して、素晴らしいプレーをする、圭吾くんの姿をもう一度」




