杉森圭吾の話⑨
二人だけで、映画を観たりなど楽しんだ圭吾と芽生は、帰りにふらっと小さい児童公園に足を踏み入れた。
「予想以上に面白かったですね、あの映画」
「ほんと。智香の奴、観れなくて、ざまあ見ろって思っちゃうほどでした」
「アハハハ……」
そして、少し沈黙状態になった。
「村里さん」
圭吾が、ちょっと緊張した面持ちで話しかけた。
ん?
「はい」
圭吾の様子がおかしいと感づいた芽生は、そんなにはっきりとではないけれど、疑問の表情を浮かべて返事をした。
「あの……俺、野球しか知らない人間で、こんな年齢にもなって恥ずかしいんですけど、どういうふうに切りだせばいいのかとかわからないので、単刀直入に言います。もし良かったら、俺と交際していただけませんか?」
「えっ?」
なんと、圭吾のほうからの告白である。彼は、智香から、芽生が自分のことを好きだった話を散々聞かされて、頭から離れなくなり、恋に落ちてしまったのだった。ただ、芽生は、目立つ容姿ではないが、整った顔立ちで、美人の部類には入るので、そうでなくてもホレた可能性もなくはないけれども。
それに対する、芽生の答えは——
「ごめんなさい」
ちょっとばかり間はあったものの、思いのほかあっさりとそう返答をして、彼女は頭を下げた。
「え……」
「私、あなたのことが好きは好きでも、野球選手としてであって、恋人とかそういうんじゃないんです」
「……そ、そうなんですね……」
もし断られるにしても、「あなたと付き合うなんて恐れ多いから」といった理由を想像していた圭吾は、口には出さなかったわけだが、己のうぬぼれを実感して、とても恥ずかしくなった。
「はい。いや、私も自分の気持ちがよくわかってなかったんですけどね。こうして遊ぶ間柄になって、好きなのは男と女の関係としてじゃないってはっきりしたんです。本当にごめんなさい。私よりいい人なんていっぱいいるから、落ち込んだりしないでくださいね。あ、智香にはしゃべりませんので、告白されたこと。安心して」
芽生は、話すにしたがって、どんどん軽い調子になっていった。
「あ、はい。ありがとうございます……」
天才バッターで、野球では向かうところ敵なしだった杉森圭吾は、恋には完敗を喫したのだった。
「ハー……」
そうして失恋した圭吾は、まだ芽生と一緒にいる手前、露骨ではないけれども、やはり抑えきれずに肩を落として、ブランコに腰を下ろしたところ、二十歳前後とみられる若い女性が、足早に公園に入ってきた。
すると、彼女は一直線に圭吾のもとに向かっていったのだ。
何だろう? と思い、ぽかんとした表情の彼の真正面で、女性は立ち止まった。
「何か……」
芽生と智香がそうだったように、以前より人気が衰えたとはいえ、有名人の自分を目にしたことで、話やサインや握手でもしてほしくて近寄ってきたのかと考えたが、その割にはやけに険しい顔つきの彼女に、用があるのか、あるなら何なのかを訊こうと、圭吾が声を発しかけたときである。
バシッと、その女性は圭吾のほおをひっぱたいたのだった。




