杉森圭吾の話⑧
「聞いてよ、圭ぴょん。芽生って、ほんとにあなたのことが好きで、ロケッツへの入団一年目から球場に通い詰めて、あなたのグッズもたくさん持ってたのよ。ポスターにー、カレンダーにー、それからなんと、下敷きまで。笑うでしょ、女子大学生がプロ野球選手の写真の、し、し、し、下敷きって!」
約束をして三人で行ったレストランで、笑顔で実に気持ちよさそうにしゃべる智香に、圭吾も微笑んで返した。
「へー。嬉しいです」
もー、余計なことを。それに、圭ぴょんって、まだ初めて会ってからもそんなに経ってないのに、厚かましいにもほどがある。
芽生はそう思いながらも、この女には言っても無駄だなと判断して、注意も何もしなかった。
ま、最初は「杉ちゃま」や「もりー」にしようかって言ってたから、それらよりはましだけど。
そんな週末のある日、また三人で遊ぶ予定だったのだが、待ち合わせ場所に立っている圭吾のもとに、智香から電話がかかってきた。
「もしもし」
「はい」
圭吾は電話口の智香に返事をした。
「圭ぴょん、ごめん。私、急用ができちゃったんだ」
「え? あ、そうですか……」
「うん。てことで、私は無理だから、今日は二人だけで行ってくれない?」
「……そりゃあ、俺は構いませんけど」
「お願い。『ドタキャンなんて、ふざけるんじゃない』って叱られると思って、芽生には言ってないんだ。だから悪いけど、彼女に私が行けないことを伝えるのも、やってもらっていいかな?」
「わかりました」
「じゃあ、よろしくー」
「はーい」
そして電話を切ると、同じくすでに待ち合わせ場所にいた芽生に、圭吾は今のやりとりを話した。
「ったくー。ほんとかな? 急用なんて。あいつー」
芽生が不満げにそう口にして、ほおを膨らませ、それを見た圭吾は、智香をフォローする感じで声をかけた。
「智香さんに怒らないでくださいよ。そうすると、伝え方が良くないって、俺が彼女に文句を言われるかもしれないですから。せっかくこれから遊ぶんですから、楽しみましょう。ね?」
「う、うん」
圭吾にそう言われ、芽生は腹を立てるのをやめた。
実は、智香に急用ができたというのは、まったくのでたらめだった。彼女は、芽生が大ファンだった圭吾と二人きりになれるようにと気を利かせたのであり、芽生に連絡すると、嘘を見抜かれたり、バレずとも「じゃあ、今日遊ぶのはなし」という方向に持っていってしまいかねないと考えて、圭吾にだけ電話をしたのであった。
「フフフ。芽生、思いきり楽しみなさいよ」
自宅にいる智香は、そうつぶやくと、優雅にグラスを回し、そこに入っている赤ワインを口に含んだのだった。




