杉森圭吾の話⑤
「え? 病院? ケガをしたんですか? あるいは、病気? それが引退の本当の理由だったんですか?」
想像していなかった方向に話が進みそうな予感から、智香が興奮状態になって矢継ぎ早に質問した。
「いえいえ」
圭吾は慌てて否定した。
「病気は病気なんですけど、俺じゃなくて、ファンの子どもが、です。難病で入院している小学生の男のコで、『入退院をくり返して、治療も苦痛を伴うもので、ふさぎ込むことが多いなか、杉森さんのプレーが大好きで、いつも熱心に試合を観て応援しているから、もし可能であれば、会いにきて励ましていただけませんでしょうか?』という内容の手紙が、彼のお母さんから送られてきて、足を運んだわけです。そのコ、俺を見るなり、とても喜んでくれました」
「あらー、素敵なお話ね」
圭吾自身が病気やケガではなかったのと、本当に素敵と思いつつも、よくあるエピソードだったことから、落ち着いた智香は言った。
「でも、それと引退が関係あるんですか?」
「はい」
圭吾は首を縦に振った。
「病気の男のコには、中学生だったはずですけど、お兄さんがいて、なんかそのコの表情が険しいなと思ったので、病院の廊下に俺と彼の二人きりになるように持っていって、どうかしたのか尋ねたんです。よく言いますよね、体が悪かったり、問題を抱えたきょうだいがいると、そっちのコばかりを、親をはじめとして大人が構ってしまうから、元気なほうの子どもは寂しい思いをして、心の傷にもなるって。てっきりそういう状態なのだろうと考えたんですが、違ったんです」
「俺、あんたが気に入らないんですよ」
「え? 僕が?」
病気のコの兄に言われ、圭吾は疑問の声を漏らした。
中学生の彼はとても腹立たしそうな態度で続けた。
「貧乏人にお金を恵んで、善いことをやってやったっていうんで、満足ですか? 野球なんて、所詮は遊びの延長に過ぎないもので、金をもらい過ぎなんですよね。親父なんて、毎日寝る時間もないくらい働いてるのに、生活がちっとも楽にならないで、あんたみたいな若造に治療費を出してもらえるって聞いて大喜びしちゃって。世の中おかしいし、ムカつくんですよ」
病気の男のコが良くなる見込みのある治療法があるものの、まだ保険適用になっておらず、行うには多額のお金が要るというのを耳にしていた圭吾は、その費用を援助する気持ちがあることを両親に口にして、兄もそれを聞いていたのだった。
「俺が思い上がってるのを見抜かれていたんですよ、そのお兄ちゃんに」
圭吾は苦笑いといった表情を浮かべた。
「それに、俺自身も、そう言われる以前から、薄々感じていたんです。『野球なんて遊びの延長のようなもので、自分はお金をもらい過ぎなんじゃないだろうか?』って。とはいっても、野球に限らずどのスポーツもですが、選手は死ぬほど練習や努力をしていますから、他のプレイヤーたちに面と向かってはとてもそんなこと口にできないですけど。ともかく、病気のコのお兄ちゃんの言葉で、その場ですぐに決意とまではさすがにいきませんでしたが、『引退しよう』って」




