杉森圭吾の話③
芽生と智香は、犯人を張り込む刑事のように、ドラッグストアのそばで、圭吾が勤務を終了して店から出てくるのを待った。
いつやってくるのかまったくわからないし、ドラッグストアは深夜に迫る時間まで営業しているので、とてもしんどい思いをしかねなかったが、彼は午前中から働いていたために、そんなに時間はかからずに済んだのだった。
「よーし、行くよ」
再び偶然を装うために、二人は待機している姿を目にされてしまわないよう、ずっと身を隠していた。声をかけた智香が、距離があるので途中まで少し急ぎ足で圭吾に近づいていって、芽生も後に続いた。
そして、彼が間近に迫ると、智香は、さっきもそうだったが、ちょっとブリッコな感じのしゃべり方で話しかけた。
「あれ? あれ、あれー? 杉森さんじゃありませんか? またお会いしましたね。すっごい奇遇ー」
この、超へっぽこ大根アクトレスがっ! と、本当に演劇部だったのか、だとしても、役者じゃなくて裏方の仕事をやってたんじゃないか、と疑わずにはいられない、ド下手な芝居の智香を、芽生は心の中でののしるだけでは物足りず、後ろから蹴り飛ばしたいくらいの気持ちになった。
「はあ……」
その出来の悪い演技からも、そんな偶然はほとんどあり得ないことからも、もちろん自分が出てくるのを彼女たちが待ち伏せしていたのはバレバレで、圭吾は呆れるのを抑えきれない表情になった。
それに、気づいているのか、いないのか、智香は構わず問いかけた。
「住まいは近くでらっしゃるんですかー?」
「まあ……」
それも赤の他人に言うわけねーだろうがよ、と、またしても芽生は自分の中だけでツッコんだ。
「そうそう、先ほどは勤務中なのにお尋ねして申し訳なかったですけれど、どうしてプロ野球の選手を引退なさったのか、よろしかったら教えていただけませんか? っていうのも、この私の友人、芽生って名前なんですが、杉森さんの大、大、だーいファンで、なのに突然辞めちゃって、ずーっと落ち込んでたんですよ。『最後にいたチームを優勝させられなかった責任を取るっていうのが引退の理由なはずはない』って。もう何年も経つのに、立ち直ったのは、ほんとに最近。こうして偶然、それも二度も、出会って、あなたのことを思いだしてしまった以上、辞めた本当の理由がわからないままだと、また気持ちが沈んじゃうと思うんです」
もー、やめようって言うのを、無理やり連れてきたくせに、ペラペラと全部しゃべるなよ、私のことを!
芽生はそう思ったけれども、もうどうしようもない。
「あと、なぜにドラッグストアの店員なんか……あ、いえ、悪くはまったくないですが、杉森さんくらいの方なら、一流の企業でも引く手あまたなんじゃないかと思うのですけれど?」
「……うーんと、そうですねえ……。実は——」
圭吾は頭をかき、「まったく知らない相手に、この話をするのはな」と、やはりためらったものの、言わないとずっとつきまとわれそうだし、そこまで悪い人たちではなさそうというのもあって、答えることにしたのだった。
ちなみに、この村里芽生という女性は、前のストーリーの「熱烈なファン」の彼女である。学校は生まれ育ったところで大学まで通ったが、一度は東京で暮らしてみたかったのと、地元だと働き口や交際する男性が限られるので、就職のタイミングで上京して、今も都内に住んでいるのだ。