表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/42

杉森圭吾の話①

「ハッ、ハッ、ハッ」

 平日の、朝の八時過ぎ。通勤途中のサラリーマンたちが、「何事か?」といった表情で視線を注いだ。

 東京のオフィス街で、少々ぽっちゃりとした、三十一歳の柳野智香という女性が、周りを歩く彼らを次々と追い抜き、自身が勤める、両隣の企業の建物が馬鹿でかくて立派なので、ただでさえ小さいのに、こぢんまり感が際立っている会社に、駆け足で入っていったのだった。

 そして彼女は、同期で親友の、こちらはスラッとした体つきである、村里芽生を見つけると、勢いよく話しかけた。

「ねえ、芽生! 杉森圭吾に関する記事が、週刊誌に載ったんだってよ! あんた、知ってた?」

「え? ……うん」

 芽生は、冴えない表情で、コクッとうなずいた。

 智香は続けた。

「まあ、わざわざ週刊誌を見なくても、ネットにも出てるけどさ。私、知らんかったわー。今、来るとき、その記事をコンビニで立ち読みしてきちゃった。そうそう、だから、あんた昨日、暗い顔をしてたの?」

「まあね……」

「もー、言えよ、そんときー。でも、ショックでしゃべりたくなかったのか。『日本のプロ野球史上最高だったかもしれない天才バッターが、まさかまさかのバイト暮らし?』だもんね。働いてるって書いてある、都内のドラッグストアってどこだろう? 意外と近くだったりして」

「場所ならわかってる。うちからそんなに離れてないところ」

「え! どうして知ってんの?」

「掲載してた写真で気づいたの。特定できないように、あんまり写ってなかったけど、けっこう行く店だから、『あそこじゃん!』って」

「マジでー? じゃあさ、彼の姿を見にいこうよ」

「もう行った」

「え! だったら、なんでプロ野球の選手を辞めたのか、訊いた?」

「訊……」

「え! 訊いたの? あんた、やることが早いわね」

「……けるわけないでしょうよ」

 そう言うと、芽生は「ハアー」と深いため息をついて、肩を落とした。

「じゃあ、私もついていくから、今日の帰りにもでも、また行こうよ」

「行ってどうすんの?」

「だから、どうして引退したのか訊くんじゃん」

「そんな、まったく見ず知らずの、それも週刊誌を読んで来た人になんて、教えるわけないでしょ」

「だって、『なぜ辞めるんだ』って批判はされたけど、別に野球選手を辞めるのは、本人の勝手で、倫理的に悪いことじゃないんだから、話してくれるかもしれないじゃない。あれから、もう何年も経ってるしさ。『会見で口にした理由は嘘だと思う。本当のことが知りたい』って、あんた、あの時期、散々言って騒いでたんだから、今だって、真相を知れるんなら知りたいでしょ? 週刊誌を見て行ったのがマイナスになっちゃうと思うんなら、偶然出会った感じにすればいいよ」

「無理だよ、偶然だなんて。バレる」

「大丈夫、任せて。私、中学と高校の六年間、演劇部だったんだから。見事に演じきってあげる」

「もう、いいよー」

「でも、あんた、杉森圭吾が辞めちゃって、なっがいこと落ち込んでさ。最近やっと立ち直れた様子だったのに、記事のせいで思いだして、またヘコでるんでしょ? いいかげん区切りをつけられるように、思いきって尋ねちゃおうって」

 智香の性格上、引き下がらなそうだし、彼女の今の言葉にある程度納得したのもあって、芽生はしぶしぶといった態度で答えた。

「……わかったよ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ