韮沢隆治の話⑬
隆治はその日、ドキドキしながら待ち続けた。自分がプロ野球の球団から指名されるか否かをだ。ドラフト会議の当日である。
一部には「一位で指名するところがある」という噂もあって、彼の耳にも入ってきたけれども、一位どころか二位でも隆治の名前は呼ばれなかった。ここでも響壱がにらんだ通り、各球団は、ホレボレするほど素晴らしかったとはいえ、あの一回の大会のピッチング、それに対戦した高校で強豪と言えるのは棟王学院くらいで、判断材料が少ないというのがネックとなり、隆治をすんなり獲得しようとはならなかったのだった。
「フー」
ドラフトはそもそも終了するまでにかなりの時間を要するが、待つ身には一層長く感じられるもので、隆治は深呼吸をした。
三巡目の指名が終わった。ここでも選ばれなかった。有名で上位候補の選手でも、最後までどこからも声がかからないケースがあるほどにドラフト会議は厳しいと、彼もいろいろ耳にしてわかっていたものの、実感したし、プロになれないことで、今までの苦労が水の泡となり、圭吾との対戦も叶わず、期待してくれている周囲の人たちをがっかりさせてしまう場面が頭をちらついて、ぞっとした。
しかし、それからまもなく——
「静岡ジェッツ、四巡目 韮沢隆治 投手 平岩高校」
ついに名前を読みあげられ、しかもそこは、圭吾と同じエマージングリーグのチームであった。
「おめでとう、隆治」
「やったな!」
「プロ野球選手だぜ、おい」
「バンザーイ!」
チームメイトだった、野球部の面々が心から祝福してくれた。彼らとは本当に良き仲間になれた。
「ありがとう、みんな」
両親も当然喜んでくれた。特に母は、「苦労かけたのに、よく頑張ったね。立派な子だよ」と言い、涙まで見せた。
そして、兄の響壱も。
「おめでとう、隆治。でも、ここからだぞ。そんなことは、お前が一番わかっていると思うが」
「うん。今の実力のままでは圭吾さんを抑えることなんてできないし、それ以前に、一軍のローテーションの座を勝ち取れるように、今後もしっかり練習に励むよ」
謙虚な性格の彼におごりはない。念願の圭吾との対決もそう遠くない日に訪れるのは間違いない、はずだった。
ところが、信じられないことが起こったのである。
テレビは各局が昼間の情報番組を生放送している時間帯であり、そのすべてで、以下のような速報がなされたのだ。
「えっ……」
驚きのあまり、そう声を漏らして、一瞬沈黙してしまったキャスターもいた。
「ただいま入ってきたニュースです。プロ野球の、沖縄フェニックスに所属している、杉森圭吾選手が、引退を表明しました」