韮沢隆治の話⑫
「ストライク! バッター、アウト!」
隆治は、初回の相手の攻撃を、三者凡退で抑えた。
「ストレートが一球もなかったな」
「俺たちをなめてるのか?」
「でも、変化球もすごかったぜ」
棟王学院のベンチで、そういった声があがった。
「球の速さで注目されたから、『当然ストレートでくる』とこっちが思うと考えて、裏をかいてきたのかもな」
あるいは——
大成は、口には出さず、こう推測した。
俺にストレートを見せないようにしたということじゃないか?
その通りであった。隆治は、四番バッターなので前の三人だけではあるものの、大成の打席までストレートを温存していたのだ。
しかし、今の時代はトレーニング法の発展などによって、高校生でもかなり速い球を放る者は少なくなく、大成は百五十キロ台のボールを投げるピッチャーとの対戦経験がある。マシーンによるそのスピードの練習も数えきれないくらいしており、ホームランだって打てる自信があるのだ。
そんな小細工じみたことをやったところで、俺には何の役にも立たないぞ。
二回の表、そう思いながら、彼はバッターボックスに入った。
準決勝という大きな舞台、また、強打者を迎えても、力んだりしている様子のない隆治は、大成に一球目を投じた。
!
「ストライーク!」
大成は見逃したのだが、そのボールにびっくりした。
マウンドの投げた地点から、球の勢いがあまり落ちずにキャッチャーのミットまで来ると、「まるで浮き上がってくるように見える」とよく言うけれども、まさにそう感じたのだ。百五十二キロを計測したスピードガンの数字も十分な速さだが、バッターの立場で目にすると、百六十キロ以上出ている感覚だった。
馬鹿な——。
二球目、三球目もそのすさまじい速度のストレートが、それもインハイとアウトローの厳しいコースに見事にコントロールされ、両方とも振ったバットにかすりもしなかった。そもそも、打ちにいったというより、何もしなければ三振するだけになってしまうので、一応バットを動かしたに過ぎなかったのだった。
「バッター、アウト!」
「……」
目を見開いて、信じられないという表情になった大成は、その一打席で戦意の大半を失った。
とはいえ、そんな早くにサジを投げるわけにはいかない。一対一の勝負ではなく、チームで戦っているのだ。
なので、本心の彼同様に、意気消沈となったチームメイトたちの士気を上げようと、「次は打ってやるぞ」という態度を装い、実際にそうできるように以降の打席もなんとか気持ちを奮い立たせて、隆治に相対した。
けれども、二人の力の差は、大人と子どもを上回るほどもあった。
二打席目は一転して変化球のみ、残り二回あった対決ではストレートと変化球のコンビネーションで、一度もバットに当たることはなかったし、まともなスイングすらできない有様だった。
大成の四回の打席は、すべて三振。隆治は完全勝利を収めた。観ている者、とりわけプロのスカウトたちに、よりインパクトを与えるために、アウトにするだけでなく、三振を狙って、その通りとなったのである。また、ストレートでも変化球でも大成くらいの力のあるバッターを抑えられることを見せつけたのだから、隆治のピッチャーの能力にケチのつけるところなどあるはずがないというものだ。
ただ、試合には敗れた。〇対〇が続き、隆治は延長の十回まで投げ、その後も続投を志願したが、百三十近くになっていた球数から、これ以上はやめておいたほうがいいとの監督の判断で、交代となったのだ。こうなると、もう勝ち目はなかった。
優勝して、甲子園での全国大会に出場し、そこでも活躍すれば、もっと自身のアピールになっただろうけれども、このときは純粋にチームの勝利のために投げ続けたい思いが強かった。
「くそー」
「やっぱり、俺たちに甲子園は無理だったか」
「でも、ここまで来れたんだ。ありがとう、隆治。お前のおかげだ」
「ほんとだよ。すごいのはわかってたけど、『ここまでとは』って驚いたぜ」
メンバーたちによる言葉に、隆治は答えた。
「いや、勝ち上がれたのは全員の力だよ。みんなに支えられて、たくさん助けてもらったし、僕こそありがとう」
残念ではあった。しかし、プロ入りのために評価を高めるという目標は、かなり達成できたのだった。