表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/25

09-捌-出会い

 倉本琉亜は、いつも通りの昼休みを過ごしていた。


 昼食はない。理由は単純で、作るのが面倒だからだ。


 とはいえ、教室に漂う弁当の匂いで空腹を意識してしまうため、D組の教室を離れ、人の気配がほとんどない校舎裏のベンチへと向かった。


 陽当たりがよく、喧騒も届かない。静かで、落ち着ける場所だった。


 今日はよく晴れていて、秋の匂いが風に乗って運ばれてくる。肌に触れる空気も心地よい。


 やがて、まぶたが重くなり、意識がふわりと遠のいていく。


「倉本、琉亜……さん、ですか?」


 おそるおそるといった声が、すぐ近くで聞こえた。

 確かに、自分の名前が呼ばれた。


 琉亜はまぶたをゆっくりと持ち上げ、声の主に視線を向けた。


 そこに立っていたのは──白石美冬。


(……白石美冬。名前は、よく耳にする)


 学年でも知られた存在。人との関わりを持たない自分ですら、その名は自然と知っていた。


 その彼女が、いま目の前に立っていた。


「……俺に、何か用か?」


 これまで一度も言葉を交わしたことのない相手。

 記憶をたどってみても、話しかけられるような理由は、どこにも思い当たらなかった。


「あの、お話……したくて」


 言葉の調子は控えめで、それでもまっすぐだった。


 琉亜は、一瞬、目を白黒させた。


(……話を、したい? 俺と?)


 その言葉があまりに率直で、そしてあまりに純粋だったから、思考が一瞬、うまく繋がらなかった。


 ただの挨拶でも、偶然の出来事でもなく、“話をしたくて来た”という事実が、琉亜には信じがたく映った。


 言葉に見合う理由が、思い当たらない。


 けれど目の前の彼女は、嘘をついているようには見えなかった。


「えっと……なんで?」


 思わず、そう問い返していた。

 本当に、理由がまったく思い当たらなかったから。


 永野結芽に「話しかけてみたら?」と勧められたことなど、彼が知るはずもない。

 突然、自分に向けられた“話しかけたい”という行動に、戸惑わない方がおかしい。


「……お話、したかったからです」


 聞き返されて、美冬はわずかに俯いた。


 けれど、それでも逃げなかった。

 言葉を選び直すように丁寧に、確かに、自分の目的をもう一度だけ口にした。


「えっと……何を話したいんだ?」


 不思議というか、少し変わった人だな、と思いながら、琉亜は自分から口を開いた。


「その……どんな人なのかなって。倉本さんが」


 美冬の声は小さく、言葉の端が少し震えていた。


「……それ、難しいだろ。俺だって、君のこと、詳しく知らないし」


 名前は知っている。

 だけどそれ以上のことは、男子の間でたまに出る「綺麗だ」という噂話くらいだ。


 実際、こうして目の前で見てみれば、その噂が生まれる理由もよく分かる。

 整った顔立ちに、静かな佇まい。けれど、どこか感情が読めない。


「あ、えっと、そうですよね……私は、B組の白石美冬です。倉本さんの噂を聞いたり、成績を見たりして……それで、話してみたいなって思って」


「……噂、ねえ。あんまり良いもんじゃないだろ?」


 成績についてなら掲示板に張り出される。学年一位であることも含めて、人目に触れるのは当然だと理解している。


「素行があまり良くない……みたいな話は、聞きました」


「……それ、聞いたうえで、俺に話しかけに来たの?」


 琉亜は、少し呆れたように言葉をこぼした。


「はい。だからこそ、気になったんです」


「白石さん、だったっけ?……変わってるな」


「そうですか?」


「今の会話だけで言うなら、かなり、変わってると思う。まあ、人のことは言えないけど」


 自分にも、普通とは違う部分があると自覚はある。だからこそ、噂が立つ。

 それでも、目の前の少女は、その“違い”を軽く上回っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ