07-陸-関心Ⅱ
永野結芽は、白石美冬の過去を知っている。
ふたりが出会ったのは、小学三年生のときだった。
結芽が転校してきたばかりの教室は、あまり雰囲気が良くなかった。
"田舎者が来た"とか、"都会っ子らしいよ"とか、どこかで勝手に色をつけられ、噂の種にされた。
その教室に、白石美冬もいた。
けれど彼女は、当時からそうした下世話な空気に一切関わろうとはしなかった。
誰が話しかけても、必要以上に関わろうとせず、けれど冷たくもない。
結芽が話しかけても、他のクラスメイトが話しかけても、美冬はいつもと変わらない無表情のまま、淡々と対応していた。
それがむしろ、安心感になったのかもしれない。
結芽は、あのときから美冬と少しずつ言葉を交わすようになっていった。
美冬は、あの頃からすでに美少女だった。頭も良くて、成績も常に上位。
けれども、どこか近寄りがたい雰囲気をまとっていた。
誰かと親しく話している姿はあまり見かけなかったし、決まった相手とつるむ様子もなかった。
結芽自身も、クラスに少しずつ馴染んでいく中で、美冬と話す機会は次第に減っていった。
もちろん、完全に関わりが途絶えたわけではない。ことあるごとに声をかけたりはしていた。
それでも、美冬はあまり乗り気には見えなかった。
話しても愛想笑いひとつなく、まるで壁に話しかけているような感覚になることもあった。
それでも不思議と嫌な印象はなかった。
ただ、いつの間にか「距離」ができていた、それだけだった。
それでも、美冬がクラスから仲間外れにされなかったのは、ひとえに面倒見の良さと、頭の良さが起因していると思われる。
学校の授業でわからない所は、彼女に聞けば何とかなる。そんな風潮が教室には漂っていた。
実際にそれは間違っておらず、彼女が学校の問題程度でわからないと言うことはほとんど無かったし、当時の中学受験組の子たちの塾の宿題すらも、彼女は軽々と解いていた印象がある。
それでも、美冬がクラスで仲間外れにされることがなかったのは──
ひとえに、彼女の“面倒見の良さ”と“頭の良さ”があったからだと思う。
授業でわからないところがあれば、とりあえず白石美冬に聞けばどうにかなる。
そんな空気が、当時の教室には自然と漂っていた。
そして実際、それは間違っていなかった。
彼女が学校の授業内容で答えに詰まる姿は、ほとんど見たことがない。
中学受験組の子たちが、抱えていた塾の宿題でさえ、美冬はまるで呼吸をするように、軽々と解いてしまっていた記憶がある。
そんな彼女の“頭の良さ”と"優しさ"が、結芽にとっては美冬と関わる最初の理由だった。
実際、高校生になった今でも、授業で分からないところがあれば、美冬に尋ねることが多い。
──教えるのも、上手だから。
ちらりと視線を向けると、美冬は、カップに口をつけてコーヒーをちびちびと啜っていた。
その仕草を見て、なんとなく微笑ましい気持ちになる。
けれど、結芽がここまで彼女に積極的に関わる理由は、決して“頭がいいから”だけではなかった。
中学一年生の頃。
ある日を境に、美冬は突然、学校に来なくなった。
結芽がいつものように美冬の教室へ声をかけに行ったとき、そこに彼女の姿はなかった。
三日、四日と経っても現れず、一週間が過ぎた頃、結芽はついに担任の先生に尋ねた。
「白石さんって、どうしたんですか?」
そのとき先生は、どこか苦々しい表情で一言だけ答えた。
「……家の事情だよ」
その言い方が気にかかって、結芽は思った。
(もしかして……転校しちゃうのかな)
不安に駆られた彼女は、美冬の家を訪ねた。
そこで目にしたのは、喪服を着た人たちが並ぶ、静かな玄関先だった。
結芽にも、遠い親戚の葬式に出た記憶はある。だから、それが“誰かの葬式”だということはすぐにわかった。
「……美冬?」
外に出ていた彼女は、ぼんやりと立ち尽くしていた。
表情は暗いというより、どこか“上の空”だった。
「結芽、さん……」
声をかけると、美冬は反応した。けれど、その声には力がなかった。
まるで壊れかけた機械のように、感情の所在がどこにも感じられなかった。
その様子に、思わず“怖い”と思ってしまった。
いつもの美冬じゃない。
普通じゃない。
だから、「大丈夫?」とも「どうしたの?」とも、何ひとつ言葉が出てこなかった。
そのとき、彼女を迎えに来た年配の男性が、結芽に向かって微笑んだ。
「いつも美冬と仲良くしてくれて、ありがとうね」
それを聞いて、結芽は驚いた。
本来なら、その言葉は、美冬の父か母が口にするはずだったのに。
何も言えないまま、その場を後にした。
──そして、数日後に、ようやく意味が繋がった。
あの日、美冬の家を包んでいた静けさの理由。
彼女が、どこか壊れたように佇んでいた理由。
美冬の“大切な人たち”は、もう戻らない場所へ行ってしまっていたのだ。




