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06-伍-関心

「あっ、新作出てる!」


 永野結芽がそう言って、駅前のカフェに立てかけられたメニュー看板を指差した。


 ガラス張りの外観からは、木目調のインテリアと落ち着いた照明が見える。

 小さな丸テーブルが並び、放課後らしい制服姿の学生や、タブレットを開いた会社員の姿もちらほら。

 看板には、秋限定のかぼちゃラテと栗のミニタルトが描かれていた。

 結芽が指を差したのは、そのイラストの端に書かれた「本日発売」の赤い帯だった。


 美冬の視線をそちらへ向けようとする、さりげない誘導だった。


 それは、小さな嘘だった。

 新作の情報など本当はどうでもよくて、ただ彼女の話を聞きたかっただけだ。


「結芽が行きたいなら、行きますか。……お付き合いしますよ?」


 美冬ひとりでは、まず足を踏み入れないような場所だった。

 新作の看板が目に入ったとしても、興味を抱くことはきっとない。


 それを自覚しているからこそ、結芽のように自然に関心を持てることが、どこか羨ましかった。


「ここなら、先生もいませんからね」


 帰宅途中の寄り道は、禁止されてはいない。

 けれど、立ち寄り常連のような扱いを受けるのは、あまり歓迎されない空気がある。


 高校の最寄り駅ではなく、自宅近くの駅であれば、先生に出くわすことも滅多にない。


「美冬なら、見られても問題ないって」


 結芽は、少し茶化すように言った。


 大人しくて真面目で、成績も優秀。

 先生からの評価も、クラスメイトからの印象も、きっと美冬は“ちゃんとしてる子”で通っている。


 一度や二度、放課後にカフェへ寄ったからといって、誰も咎めたりはしないはずだった。


「……そうですか?」


「そうだって。まあ、そんな美冬の立ち回りを邪魔する気はないけどね」


 友達だからこそ、結芽は美冬の“正しさ”を尊重していた。

 結芽にとって、美冬はクラスメイトの仲間ではなく、友達だったからだ。


「そういうところ、私は好きですよ」


 美冬は、何気ない調子でそう言った。

 淡々とした声音、整った顔立ち──その全てが、自然すぎて、逆に破壊力がある。


 同性である結芽でさえ、思わず胸がどきりとするほどだった。


「ちょ、ちょっと……美冬、その顔はダメ。まじで心臓に悪いから」


「……えぇ?」


 美冬は首をかしげて、あくまで本気で分かっていない様子だった。


 結芽は小さく咳払いをして、気持ちを整えるように一度呼吸を置いた。


「……入ろっか」


 そう言って、カフェのドアに手をかけ、押し開けた。


 ふわりと鼻をくすぐるのは、深煎りのコーヒー豆とスチームミルクの混ざった香り。

 正面のカウンターには、黒板風のメニューと季節限定のPOPがずらりと並び、ガラスケースには艶やかなスイーツとサンドイッチが整然と並んでいた。


 結芽は迷わずカウンターに向かい、甘い新作メニューを選び、レジで陽気に注文を済ませた。


 一方の美冬は、メニュー表の文字をざっと一読しただけで、季節の甘いラテには目もくれず、無糖のホットコーヒーを選んでいた。


 二人分の注文が呼び出されると、結芽は嬉しそうにトレイを手に取り、美冬に小さく目配せをした。


「こっち、カウンター席空いてるよ」


 その声にうなずいた美冬は、特に何も言わずについていく。


 静かで落ち着いた、窓に面したカウンター席。

 高めの椅子に並んで腰を下ろすと、目の前には、ゆっくりと沈んでいく秋の光が街並みに色を差していた。


 少し着崩した制服で、派手派手なフラペチーノを口にする。


 しっかりと整然とした制服で、特に変わり映えのしないブラックコーヒーを口にする。


「倉本琉亜のこと、気になってるの?」


 その言葉は、思った以上にストレートだった。

 美冬には、遠回しな言い回しや含みのある質問が通じない。皮肉や示唆がすり抜けていくタイプだと、結芽はよく知っている。

 だからこそ、真ん中に豪速球を投げ込んだ。


「げほっ」


 その直球に、美冬は盛大に咳き込んだ。

 回りくどい言い方が伝わりづらいからといって、真正面からの問いかけに強いわけでもなかった。


「……何の話、ですか?」


 あからさまに狼狽していた。

 混乱している、というより、言葉の意味を文字通りにしか捉えられていないような、そんな反応だった。


(……これは、重傷だ)


 結芽は思わず内心でそうつぶやいた。


 もう高校一年生の秋だというのに。

 本来なら、恋愛の話題や心の揺らぎくらい、誰もが一度は経験しているはずだった。


 目の前の美冬は、明らかに動揺しているのに、自分がなぜそうなっているのかを理解できていない。

 その無自覚ぶりが、少し可笑しくて、でも少しだけ物足りなくも感じられた。


「美冬、ちょっとだけ話に付き合ってよ」


 結芽は、美冬の過去を知っている。

 だからこそ、お節介を焼きたくなったのかもしれない。


 もし何も知らなければ、“そういう子なんだ”と距離を保つこともできたかもしれない。

 けれど、小学校、中学校、高校と長く関わってきた今となっては、どうしても放っておくことはできなかった。


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