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05-肆-興味Ⅲ

 永野結芽は、どこか落ち着かない様子の白石美冬に気づいていた。


 中学時代からの付き合いだからこそ、彼女の表情や仕草の些細な変化には、自然と目が向いてしまう。


 ふと視線を向けると、美冬は、教室の誰とも違う方向へ、ぼんやりと目を向けていた。

 それだけのことなのに、なぜかその横顔が、ほんの少し遠くに感じられた。


 やがて、放課後が訪れる。


 チャイムの音が消えるのと同時に、椅子のきしむ音、鞄を閉じる音、立ち上がる気配が重なっていく。


 知識と沈黙に満たされていた教室は、その一瞬で、思春期の感情がざわめく四角い箱へと姿を変えた。


 窓から差し込む光は、午前中よりも柔らかくなっていた。

 結芽は、その光を感じながら、ゆっくりと立ち上がった。


 周囲の友人たちが次々と喧騒の空間を後にするなか、彼女はタイミングを見計らって、美冬のもとへ歩み寄る。


 結芽も美冬も、部活動には所属していない。

 結芽は人付き合いが得意な方だから、本来ならどこかの部活に参加していてもおかしくない。


 けれど、美冬は違っていた。

 集団の中で求められる役割を“上手く”こなすことはできる。

 けれどそこに、“楽しい”とか“居心地がいい”という感情が生まれることは──きっとない。


「美冬、一緒に帰らない?」


 結芽が声をかけたとき、美冬は静かに帰り支度をしていた。

 放課後の喧騒に飲まれることもなく、鞄の中をひとつひとつ確認するように整えている。


「良いですよ」


 声量は大きくないが、はっきりとした返事だった。


 ふたりの通学路は似ている。

 降りる駅も同じで、そのあとの道も、大きな違いはない。


 だから、特別な理由がなくても、一緒に帰ることはごく自然なことだった。


 美冬は、基本的に他人に深い興味を抱かない。

 あらゆることに対しても、どこか一歩引いたような距離を保っている。


 それでも、帰り道に限って言えば、ひとりよりもふたりの方が、安全面では明らかに優れていることを理解していた。


 "一緒に帰りたいから帰る"のではなく、"一緒に帰った方が合理的だから帰る"、それだけのことだった。


 だから、相手が特別親しいわけでなくても、誘いを断る理由はなかった。


 ふたりは教室を出た。


 午後の授業がすべて終わったあとの廊下には、どこか落ち着かない空気が漂っていた。

 教科書を抱えたまま話し込む生徒、廊下を駆けていく足音、どこかから聞こえる笑い声。

 そのどれもが、放課後の騒がしさとして風景の一部になっていた。


 美冬と結芽は、肩を並べるでもなく、少しだけ距離をあけて歩いていた。

 沈黙がふたりの間にあることを、不自然だと感じる者はいなかった。


 階段を下るとき、靴音だけが一定のリズムを刻む。

 教室の喧騒は次第に遠ざかり、代わりに静けさがひとつ増えていく。


 昇降口に差しかかるころ、扉の向こうから、少し冷たい風が吹き込んできた。

 夏の名残がわずかに残る、季節の狭間の風。制服の袖が微かに揺れる。


 結芽が先に下駄箱に手を伸ばす。

 美冬もそれに倣い、無言のままローファーを取り出した。


「美冬、何か……悩んでる?」


 上履きを脱ぎ、ローファーをそっと床に置きながら、結芽は何気なさを装うように問いかけた。


「……何のことですか?」


 美冬はすでに靴を履き替え終えていて、結芽の言葉に小さく首を傾げる。


(……私の思い違い、かな)


 結芽は、その様子を見て小さくため息をついた。

 気のせいだったかもしれない。そうやって、自分に言い聞かせるように。


「ううん。ちょっとぼーっとしてた気がしたから、気になっただけ」


 そう言って、彼女は軽く首を振った。


 けれど、それで終わりにするには、まだ早すぎた。


「……あっ」


 美冬が、小さく声を漏らした。

 結芽もすぐにその変化に気づき、彼女の表情を確かめてから、視線の先を追う。


 そこには、倉本琉亜の姿があった。


(……えっ? まさか、美冬……倉本のこと、気になってるの?)


 友人としては、あまり近づいてほしくない相手だった。

 良くない噂もちらほら聞くし、正直、距離を取っておいてくれる方が安心できる。


(美冬って、恋愛とか噂話に興味ないタイプだし……異性に関心を持つなんて、まずないと思ってたけど)


 朝、つい話してしまった──彼のことを。


(あー、私が、ああやって話題に出しちゃったから……かも)


 何気ない話題のひとつとして出したつもりだった。

 けれど、まさかこんな風に美冬が引っかかるとは思ってもいなかった。

 想定外だった。かなり。


「美冬、行こっか」


 聞きたい気持ちはあった。けれど、今この場で問いただすのは違うと思った。

 周囲にはまだ人がいて、ここで話を掘り下げれば、美冬のプライベートに土足で踏み込むようなものだ。


 だから、下校中の人が少なくなったタイミングで、彼女に聞くことに決めた。


 他人に興味を示さない美冬が、珍しく何かに惹かれている。


 その事実は、やっぱり、友人としてはどうしても気になってしまうのだった。

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