04-参-興味Ⅱ
チャイムが鳴ると、教室にざわめきが広がった。
机の上には、教科書が開かれていたり、弁当箱が置かれていたり。あるいは、何も置かれていない空白がぽつんと残る席もあった。
陽だまりと笑い声が交差するひとときに、白石美冬は、いつものように静かに溶け込んでいた。
クラスメイトとの関係は、特別良いわけではないが、悪くもない。
他人に興味がないとはいえ、同じ空間で時間を過ごす以上、あからさまな態度は無用な軋轢を生む。
そのくらいのことは、もう分かる年齢だった。
美冬は自分の席に座ると、機械のように手を動かし、弁当箱を静かに開いた。
「……相変わらず、手が込んでるよね」
隣から覗き込んだ永野結芽が、飾り気のない声でそう言った。
その声に誘われるように、周囲の女子たちがちらちらと視線を向けてくる。
普段あまり話すことのない顔ぶれが、興味深げにこちらを覗き込んでいた。
結芽は、話す相手がその日によって自然と変わるタイプだ。
交友関係が広く、争いごとを避けるのも上手い。いわゆる世渡り上手。
(だから、私なんかとも仲良くしてくれるのだろう)
美冬はそれなりに容姿が整っていたが、それは時に近寄りがたさにも繋がった。
自ら積極的に誰かに話しかけるわけでもないから、知らない人にとっては“話しかけづらいタイプ”なのだ。
「美冬は、いつも自分で作ってるんだよね」
結芽は、目の前にいた女子たちに、話しやすくなるようにと、きっとこの学校で自分しか知らないであろう情報を、さりげなく差し出した。
「すごい」とか「料理できるの?」とか「私、そういうの苦手でさ~」とか、そんな他愛もない言葉が、弾ける泡のように次々と生まれていく。
それらに対して、「すごくないですよ」とか「料理、好きなだけなんです」とか「練習すれば誰でもできますよ」とか、心があるようで空虚な言葉が、自然に口から出てきた。
だから、本心からのものではなかった。けれど、この時間が嫌いなわけでもなかった。
空っぽの自分に、ほんの少しだけ何かが注がれているような、そんな錯覚を与えてくれる瞬間だった。
疑似的な“青”を感じるひとときは、チャイムとともに幕を閉じた。
午後の授業が始まる。
何かに強く惹かれることもなく、授業から逸れる気も起きない。
美冬はただ、淡々と前を向いていた。
黒板には、教師の手で書かれた文字が並ぶ。
時折、配布されたタブレットと同じ資料が、教室前のスクリーンに映し出されていた。
それらを眺めながら、時間だけが静かに流れていった。
やがて、チャイムが鳴る。
授業と授業の合間、何にも変えられない、空白のような時間が始まった。
誰かと話すでもなく、やるべきことも思いつかない。
手持ち無沙汰な沈黙から逃げるように、美冬は視線を外に向けた。
(──あの人)
校庭の端を、ひとり歩いている男子生徒がいた。
誰かとふざけるわけでも、言葉を交わすわけでもない。
ただ、ひとりでそこにいるだけの姿。
なぜか目が止まった。
珍しく、自分の内側に“興味”という色が滲んでいるのを感じた。
(倉本琉亜さん……だったよね)
結芽から聞いたその名前を、そっと意識の片隅に置いてみる。
(授業をサボる、とか……)
彼にまつわる噂話もまた、記憶の隙間から静かに浮かび上がった。
知識として知った名前と、たまたま視界に映った印象と、にじむような色合いとを、美冬は、無意識のうちに重ね合わせていた。
本来なら、それは誰もがごく自然に、何度も繰り返しているような、ありふれた思考のひとつにすぎないはずだった。
かつて、似たような感覚を抱いたことがあったのかもしれない。
けれど、それがいつのことだったのか、美冬にはもう、思い出せなかった。
だからこの瞬間は、まるで“最初の一度”のように、彼女の内側の深くで、静かに音を立てていた。
(話してみたい)
名前、噂、印象、混ざり合ったいくつもの断片は、ひとつの言葉にならない色彩となって、確かに行動の方向を指し示していた。
そうやって作られた、造られた色彩は、言の葉で表現することはできなかった。
だからこそ、美冬はまだ、鮮烈な情動を行動に変えることはできなかった。




