03-弐-興味
通学路の一部にあるその駅は、同じ制服の者たちが最も集まる場所だった。
いつも通りに、自分と似たような姿が、ホームのあちこちに溢れている。
他人に目敏く、細かな違いに気づける人なら、きっと区別もつくのだろう。
けれど、白石美冬にはその違いが分からなかった。
同じ制服、同じ時間、同じような顔。
まるで、ひとつの群れに属する同じ種類の動物のようだ、そう思った。
夏が終わったばかりの秋の空気は、どこか硬質で澄んでいた。
その中を、まだ熱を残した学生たちの声がよく通る。
季節外れの熱気に追われるようにして、駅を後にした。
白石美冬は、私立翔南高校に通う一年生だ。
初めて迎えた春が過ぎ、夏が終わり、季節は秋に差しかかっている。
けれど、日々の色は、あの頃から何ひとつ変わっていなかった。
そんな変わらない色を、確かめるように歩いていく。
やがて、目的の校舎が視界に入った。
この学校の生徒である以上、校門をくぐるのは当然のこと。
けれど、その動作ひとつで何かが変わるわけでもない。
日々はただ続いていく、例外なく。そう思っていた。
校舎に足を踏み入れた瞬間、他の生徒たちの空気がどこか浮き足立っているのを感じ取った。
なにか特別な行事でもあったかと、体育祭や文化祭の予定を思い浮かべてみる。けれど、心当たりはない。
先生の話はしっかり聞いているはずだ。聞き逃しは考えにくい。
それでも、自分の知らない理由で周囲がざわついていれば、少なからず不安はよぎる。
確かめようにも、話しかける相手がいるわけではない。
「……はあ」
周囲に言葉を交わす存在がいないことを、こういうときにだけ少し意識する。
まだ冷たさを帯びきらない風を受けながら、昇降口の前に立つ。
視線を自分の下駄箱へと向け、ただその距離をなぞるように歩いた。
ローファーを脱ぎ、上履きを取り出す。
足を通して、つま先で床を軽く鳴らす。
浮き足立ってしまった心を、音と感触で整えるように。
校内を満たしていたざわめきの正体は、二階へと上がったときにはっきりした。
掲示板の前に、人だかりができていた。
その光景を目にした瞬間、ようやく思い出す。
今日は、定期考査の学年順位が張り出される日だった。
美冬が、それを気にする必要はなかったけれど、ここまで周囲が騒がしければ、自然と気にもなる。
自分の名前があるだろう位置を予想し、その高さに視線を合わせた。
二位、白石美冬。
勉強とは、自分が自分であるために、まだ諦めていないという証。
だから、そこに名前があったことに、ほんの少しだけ安堵した。
「美冬、おはよう。どうだった?」
背後から、聞き慣れた声がふわりと届く。
「結芽さん、おはようございます。……いつも通りです」
永野結芽〔ながの ゆめ〕。中学からの友人で、美冬とは正反対の“普通”をちゃんと持っている人。
感情の起伏があって、世間話が得意で、空気を読むことにも長けている。
「学年二位を“いつも通り”って言うの、場合によっては嫌味だよ?」
「わかってます。……謙遜、大事ですから」
少しだけ色を帯びたやり取りが、その朝の静けさに溶けていった。
「……でも、その話でいくと、もう一人いるよね」
「ああ、あの学年一位の」
自分の名前のすぐ上──そこに視線を滑らせる。
一位、倉本琉亜。
入学してから今日まで、彼はずっとこの位置にいた。
まるで、あらかじめ印刷されているかのように、一度も順位を譲ることなく。
美冬にとっても、それは見慣れた名前だった。
いつも、自分のすぐ上にあるから。
名前は知っている。けれど、それ以上のことは、何も知らない。
「……美冬、あの人だよ」
小さな声とともに、制服の裾がそっと引かれる。
美冬が視線を向けると、結芽は黙ったまま、わずかに目線だけを動かしていた。
その先に立っていたのは、ひとりの男子生徒。
「あの人が……そうなんですね」
がっしりとした体格だった。思っていたよりも、ずっと大きい。
「授業、サボったりするらしいよ」
「……そう、なんですね」
掲示板に並ぶ“順位”の隣に、現実の“噂”が貼りついた。
数字という確かな記録と、噂という曖昧な声。
その差を埋める違和感が、美冬の思考をほんの少しだけ遅らせた。
“なんとなくそんなものだろう”と、割り切るには、大き過ぎる差だった。
(倉本琉亜、さん……)
だから、ほんの少しだけ。
話してみたいな、と、思った。
それは、美冬の世界に久しぶりに差し込んだ、わずかな彩色だった。




