22-弐-偽物の日常Ⅱ
「倉本さん、一緒に食べませんか?」
昼休みになると、まるで当たり前のように、白石美冬が倉本琉亜の教室へやって来る。
そして彼の席の前に立ち、そう言い放った。
「いいよ。今日は、どこで食べようか?」
このやり取りも、問いかけも、毎回同じだ。
「いつもの場所に行きませんか?」
校舎裏のベンチのことだろう。
「……今日、寒いだろ? 大丈夫か?」
琉亜は、スカート姿の美冬を見ながら、思わず口にしていた。
外の気温は、すでに五度を下回っている。
「大丈夫ですよ。このタイツ、温かいので」
特に恥ずかしがるでもなく、美冬はさらりと答えた。
「そっか。なら、行こうか」
そうして二人は、いつものように席を立ち、校舎の外へと向かっていった。
「明日から休みですね」
校舎裏の、いつもと変わらないベンチに腰掛けながら、美冬がしみじみと呟いた。
「そうだな。……最高だよ」
学校が嫌いで、時折授業にも出られない琉亜にとって、長期休みに入るという事実は、それだけで至福だった。
それ以上の理由など、必要ない。
「あ、でも、美冬が作ってくれた弁当は食べられなくなるのか……いいことばかりじゃないな」
手元の弁当箱に視線を落としながら、琉亜は思い出したように呟いた。
「そう言ってもらえると、光栄ですね。
……私も、倉本さんとお話しするの、楽しいですよ」
美冬が彼の弁当を作るのは、この“仮初の関係”に繋ぎ止めてしまっていることへの、せめてもの礼だった。
白石美冬は、学年でも一際目を引く美人で、清楚な雰囲気をまとっている。
加えて、成績も常に上位。教師からの信頼も厚く、生徒たちの注目を集める存在だった。
だが──彼氏持ちという立場になったことで、告白してくる男子は激減した。
仮に思いを伝える者が現れても、相手が誰であろうと“玉砕覚悟”で挑むような空気が生まれていた。
断りやすいし、引き下がってくれるので、美冬はとても助かっていた。
「俺なんかと話して、楽しいもんかね」
琉亜は自嘲気味に肩をすくめた。彼はわかっている。仮初の関係ありきの言葉であることを。
「気兼ねなく話せるので」
美冬はそう言って、膝の上でそっと両手を重ねた。
淡く笑ってはいるが、どこか照れ隠しのような気配も混じっている。
「まあ、確かに白石は、気兼ねなく話すと色々と大変なことになりそうだよな」
琉亜は弁当箱のフタを閉じながら、わずかに肩をすくめた。
それは冗談のつもりだったが、口元に浮かぶ笑みはどこか含みのあるものだった。
「……それ、どういう意味ですか?」
美冬の声が、わずかに低くなる。
顔は笑ったままなのに、手元では指先がほんの少しだけ握られていた。
「そのままの意味だよ」
そう答えながら、琉亜は水筒のフタをひねった。
目は合わせず、それでいてどこか楽しげな口ぶりだった。
美冬は、その様子を見て、ほんの少しだけ胸が痛んだ。
何かを言いかけて、視線を伏せる。それは放課後に話すと決めていたことだ。
思い直すように、そっと口を閉じた。
「何か悩んでるのか?」
ふと、琉亜が横目で美冬を見る。
それだけの仕草だったが、彼の声色には確かな気配りが滲んでいた。
「えっ!?」
美冬は驚いたように目を見開き、手元の弁当箱を思わず抱えるように押さえた。
「そ、そそそ、そんなことないですよ!?」
口調も早口で、肩が一瞬ぴくりと跳ねる。わかりやすく動揺していた。
「……最近は毎日会ってるから、流石にそろそろわかってきた」
琉亜は水筒を傾け、一口飲んでから、ゆっくりと続けた。
目線は戻さないが、声は柔らかかった。
「それは……わからなくていいです」
美冬は視線を落としながら、小さく首を横に振る。
その動作には、拒絶というよりも、戸惑いに近い色があった。
「ああ、いえ。悪い意味ではないんですが……」
手を軽く振って、誤解を解こうとする仕草。ただ、最後まで顔は上げられなかった。
「話したくないなら、無理に話さなくていいよ」
琉亜は、真正面から見ようとはせず、手元の弁当箱を指先で静かになぞった。
無理に聞き出すつもりなど、最初からなかった。
「……放課後に、話しますね」
美冬はそっと微笑んだ。
その声音には、どこか安心したような響きが混じっていた。
もう、彼女の中では“話す”ということが決まっていた。




