17-漆-相談Ⅲ
「そこら辺の女子事情に私は詳しくないので、男子の恋心を必ずしも女子が知ってるとは言えないです」
美冬は、冗談めかした琉亜の口ぶりに対して、至って真面目に返した。
「そうなのか」
女子が男子の恋心を必ずしも知らないことに、少なからず安堵をすれば良いのか、偶然にも彼女が相手の恋心を知る機会があったことに、脅威と驚きを覚えれば良いのか、琉亜は受け止め方を酷く迷っていた。
「私の場合は、結芽さんが私のことを気にかけてくれていて、私に関する噂話を、意図的に拾ってきてくれるんです」
琉亜は、結芽という人物について何も知らなかった。
けれど、美冬との関係がどこか特別であることは、十分に伝わってきた。
「へえ。不思議な関係だな」
率直な感想が、そのまま口をついて出た。
「そう……なんですかね。私は、結芽さんが優しいだけだと思ってますけど」
美冬は少しだけ視線を落としながら、そう答える。
「でも、ただ優しいだけじゃ、そこまでできないと思う」
琉亜はそう言って、美冬の様子をじっと見た。
どうやら彼女は、自分と結芽が“対等”であるという意識を、あまり持っていないらしい。
それは、この短いやり取りの中でも、はっきりと伝わってきた。
「結局、悩みってなんなんだ?」
琉亜は、彼女が悩んでいるのは、告白されかけたことだと思っていた。
けれど、ここまで話を聞いてきて、どうも本題はそこではないような気がしてきた。
「今回もそうなんですが、結芽さんが居なければ、それなりにクラスでの私の立場は、面倒な方向になってたと思います」
美冬は、目線を落としたまま、話を続けた。
「それは……なぜ?」
「クラスで何もしていない、むしろ浮いている私が、異性に告白されたらどうなるかくらい、わからないわけではありません」
美冬は、他人の視線には鈍感な方だ。
けれど、だからといって、物理的な干渉まで無視できるわけではない。
誰かの視線や噂なら、少し遅れて気づかないふりもできる。
けれど、手が伸びてきたら。足を引っかけられたら。
そのときは、もう知らないふりなどできない。
精神的な干渉は、物理的な干渉に置き換わる。それが彼女の言葉の裏にあった現実だった。
「告白されなくて、告白されたら正当な理由で否定できて、尚且つ、否定することが社会的に、絶対的に正しいとされれば良いのか?」
琉亜は今回の悩みの原因の解決方法を提示した。それ以外にも方法はあるのかもしれないが、まだ年若い彼には、単純な対極的事象を取り上げる事しかできなかった。
「それはそうですね」
誰にでもわかる対極的な対処方法であったから、美冬にもあっさりと理解ができた。
「彼氏を作ったら、この話は終わるんじゃないか?」
それは誰にでもわかる対処方法。
「……興味も無い人とは付き合えませんよ」
美冬はそれを嫌った。そこには酷い嫌悪感があった。
「そんなもんか」
琉亜は色恋沙汰に詳しくない。
人が人を愛することを、彼は今までの人生の中で、自分事として捉える機会はなかった。
だから、美冬の嫌悪感を、あっさりと受け入れることしか手段がなかった。
「そもそも、この学校に来てから興味を持ったのは、倉本さんだけですし……」
「……ちょこちょこ勘違いしそうになる発言するなよ」
唐突で、あまりにも急な言葉に、琉亜は思わず悪態をついた。
その瞬間、美冬の表情がふっと変わった。何かに気が付いた。気が付いてしまったのだ。
「倉本さん、私と付き合ってくれませんか」
その言葉は、美冬の普段の生活にのしかかる、さまざまなマイナス要素を帳消しにしようとするために発せられたものだった。
“恋”と呼ぶには歪すぎて、そこに“愛”があるかと問われれば、きっと彼女自身が「違う」と答えるだろう。
それても、彼女は強引に歯車を回したのだった。




