16-陸-相談Ⅱ
「お待たせ。どこで話す?」
琉亜は、美冬にそう問いかけた。
「人がいない場所って……どこでしょうか?」
美冬は少しだけ首を傾げて返す。
もともと他人にあまり関心を持たない性格のせいで、学校内のことも、自分の足で訪れた場所以外はほとんど知らなかった。
「学校の外にでるか?」
「外、ですか。学校の中で話すより、人に聞かれる可能性は減りますね」
美冬の答えに、琉亜はうなずいた。
「駅の裏に、人気のない小さな公園がある。ベンチもあるし、話すにはちょうどいいかもな」
「駅の裏……ですか。行ったことはありませんが、大丈夫です。ついていきます」
美冬は特に表情を変えることもなく、鞄を軽く持ち直した。
その動作は、迷いがないというより、もともと選択肢がないことを受け入れているような、そんな静けさをまとっていた。
「じゃ、行こうか」
琉亜が歩き出す。
美冬もその背を一歩遅れて追いかけるように歩き始めた。
下校の混雑とは逆方向の階段を下り、校舎の脇を抜けて、正門とは反対の通用口へ向かう。
陽は傾きかけていて、グラウンドの砂を照らす光が橙色を帯びていた。
ふたりの影が、長く伸びていた。
学校の敷地を出たとき、ちょうど強めの風が吹いた。少しだけ冷たく感じられた。
少し前まで夏だったのに、今や秋で、少しだけ冬の匂いが混じっている気がした。
住宅街を抜け、駅の方へ向かう。
道沿いの街路樹は、少しずつ色を変え始めていた。
足元に落ちた葉が、乾いた音を立てて踏みしめられる。
琉亜は特に会話を切り出すこともなく、歩く速度を美冬に合わせていた。
その静けさは気まずさではなく、むしろ居心地のよい沈黙だった。
やがて、小さな横断歩道を渡った先に、公園の入り口が見えてきた。
フェンス越しに中を覗くと、遊具のある広場は誰もいない。
ベンチがひとつ、落ち葉に囲まれるように置かれていた。
「……ここですか?」
美冬が立ち止まり、問いかける。
「ああ。俺、たまに来るんだ」
ふたりは並んで中に入り、ベンチの前まで歩く。
落ち葉をひとつ避けるようにして、琉亜が腰を下ろした。
美冬もそれに倣い、隣に座る。
けれど距離は、ほんの少し空けていた。
風がまたひとつ吹いて、枝先の葉がさらさらと音を立てた。
「それで、何に悩んでるんだ?」
琉亜が、横を見ずに尋ねる。
目線はまっすぐ前を向いたまま。
その問いかけは、構えたものではなく、ただ静かに受け入れるような声音だった。
「お昼休み、話したことのない男子に告白されそうになって、教室から逃げてきました」
そう言いながら、美冬は少し恥ずかしそうに、右手で頬をかく。
その仕草には戸惑いと、ほんのわずかな照れが滲んでいた。
「初めてじゃありませんし、今に始まった悩みというわけでもないんですけど」
その言葉に、琉亜は心の中で静かにうなずく。
彼女の容姿は整っていて、肌もきれいだ。
物腰は柔らかく、距離感が近い。
そうした要素が重なれば、男子高校生が期待してしまうのも、無理はない気がする。
けれど、話したこともない相手に告白するとなれば、それはもはや、彼女という存在そのものではなく、美術品に向けられるような一方的な好意に近い。
その時点で、なぜ告白に踏み切るのか。意味がわからないと感じた。
(ああいや、告白する=付き合う、じゃないのか)
思いを伝えること自体が目的という場合もあるだろう。
そう理解しようとしながらも、やはり面倒な話だなと、琉亜は思った。
「大変だな。入学してから、どれくらい告白されたんだ?」
そう尋ねる琉亜の声は、どこか他人事のように淡々としていた。
「結芽さんのおかげで、回避し続けてるので、実は、まだそこまでは行ってないんですよね」
そう答える美冬の声は、少し誇らしげでもあり、どこか申し訳なさそうでもあった。
そして、「あ」と小さく声を漏らすと、両手を膝の上に揃えて言葉を続けた。
「あ、えっと……結芽さんは、私の友達でして。具体的には、私に告白しようとする男子がいたら、先に教えてくれるというか……」
琉亜は少しだけ目を細め、美冬を見やる。
初めて聞く名前に少しだけ戸惑ったが、言葉を遮すことはしなかった。
「男子の恋心は、相手には筒抜けなのか」
口元をわずかにゆるめ、冗談めかして言う琉亜。
けれどその声色には、どこか本気のため息が混じっていた。




