15-伍-相談
「倉本琉亜さん、いらっしゃいますか?」
放課後の1年D組の教室に、ひょこりと顔を出したのは白石美冬だった。
学年内ではそれなりに知られた存在である彼女が、突然彼の名を呼んだことで、教室にはざわめきが広がった。
素行不良の彼の名を、有名人の彼女が呼んだのだ。そのシチュエーションに、意味を持たせてしまうのが、いかにも高校生らしい振る舞いだろう。
けれど、美冬自身は、その空気の変化にまったく気づいていなかった。
「琉亜に、何の用?」
背後から声をかけてきたのは、万丈涼だった。
琉亜と仲の良い、あの金髪の男子。耳には銀色のピアスが光っている。
彼は美冬を、物珍しげな視線で見ていた。
一方、美冬もまた、彼の風貌に軽く目を見張っていた。
けれど、それもほんの一瞬のことで、すぐに視線を戻して言葉を口にする。
「相談に乗ってもらう予定なんです」
その言葉を聞いて、涼はほんのわずかに目を細めた。
「……あいつ、前に痛い目にあったの、忘れたのかよ」
思わずこぼれたような口調で、吐き捨てるようにそう言った。
「痛い目……ですか?」
美冬は言葉の意味を飲み込めず、きょとんとした顔を浮かべた。
「あー……ごめん。聞いてないのか。……そっか」
涼は、美冬がてっきり琉亜の過去を知った上で来たのだと思っていた。
知らなかったという事実に、少し意外そうな表情を見せる。
「そうなんです。何があったんですか?」
美冬は、思わず問い返していた。
ふだんあまり多くを語るタイプではないが、この話は別だった。
無意識のうちに、興味が勝っていた。
「……俺からは話せねぇよ。どうしてもって言うなら、本人に聞け」
「聞いたんです。でも、大事なところはぼかされたというか……」
「それでも、俺はアイツの友達だから。無理だな」
何かを期待していた気持ちは、あっさりと打ち砕かれた。
涼の言葉には迷いがなかった。
美冬には、それ以上踏み込む理由も、言葉もなかった。
「……わかりました」
「ご期待に添えられなくて悪いな。琉亜、呼んでくるわ」
そう言い残して、涼はそのまま教室の中へ入っていった。
「琉亜、白石さんが来てるぞ」
涼は、自分の机で帰り支度をしている琉亜に声をかけた。
「ありがとう」
その言葉を聞いて、ようやく琉亜は顔を上げる。
教室と廊下をつなぐ扉の方に視線を向け、美冬の姿を確認した。
彼女の声は、琉亜の席までは届いていなかったようだ。
あまり大きな声ではなかったのだから、それも無理はない。
「お前、また繰り返すつもりなのか?」
琉亜の動きを見て、涼は思わずそう問いかけた。
言葉にするつもりはなかったのかもしれない。けれど、口をついて出た。
「そんなつもりはないよ」
琉亜は、涼の言いたいことを正確に理解していた。
スクールバッグのジッパーを静かに閉じると、その持ち手を肩に引っかける。
「だったら、人のこと気にする前に、自分の生活をちゃんと立て直せよ」
涼は、琉亜が教室に入ることすらしんどくなっている理由を、よく知っていた。
かつて彼は、赤の他人から持ちかけられた相談ごとに真正面から向き合い、挙句の果てに、ひどい貧乏くじを引かされた。
その“救われた側”はというと、今では何事もなかったかのように、普通の学生生活を送っている。
しかも今もなお、その出来事を面白半分に揶揄する者がいる。
助けられたなら、少なくとも助けてくれた相手を守れよと、それくらいは、義理人情として当たり前だろうと、涼は考える性分だった。
だからこそ、何もせずに貧乏くじだけを押しつけられた琉亜の姿を見るたびに、涼は同情を禁じ得なかった。
そんな事実を経験していながら、それでも琉亜がまた他人に手を差し伸べようとするのは、正直、理解できなかった。
自分が立ち直れていないのに、なぜ他人のことばかり気にするのか。
それが危うくて見ていられなかった。
「それはごもっとも。でもまあ、俺の好きにさせてくれよ」
琉亜は、涼の忠告を否定しなかった。
ただ静かに、そして少しだけ苦笑いを浮かべて、そう言った。




