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青綴り-Do you believe in the self that loves ?  作者: 遥
02-仮初の関係
14/25

14-肆-変化

「倉本さん、お昼休み、そろそろ終わってしまいますよ」


 眠っていた琉亜の耳に届いたのは、聞き慣れない声だった。

 瞼の裏を通して、あたたかな光が差し込んでくる。

 この校舎裏のベンチに誰かが来ること自体、彼にとっては予想外だった。


 ここは人目がなく、誰にも干渉されない場所。

 だからこそ、昼休みの避難所として選び、今日も迷わずここに腰を下ろした。


 透明な秋の陽射しが、地表をゆっくりと這うように伸びていた。

 その影が地面に静かに伸び、足元では小さな草が風に揺れていた。

 ベンチの背には日が射しており、木の座面にはほどよいぬくもりが残っている。

 遠くから聞こえるクラスの笑い声も、ここまで届くころにはすっかり輪郭を失っていた。


 静かで、穏やかで、誰にも邪魔されない。

 彼にとってここは、確かにそんな場所だった。


「……え、なんで」


 瞼を開けた瞬間、彼の眠気は一気に吹き飛んだ。

 視界に映ったのは、昨日初めて会話を交わしたばかりの白石美冬。しかも、その顔は思わずのけぞりそうになるほど近くにあった。


「お話をしに来たのですが、眠られていたので」


 美冬の言葉を聞いて、琉亜は「やっぱり変わってるな」と思った。

 昨日抱いた印象のまま、不思議な子だと改めて感じる。


「話しかけないなら、帰ればよかったんじゃないか?」


 至極まっとうな疑問をそのまま口にして、ゆっくりとベンチから身を起こす。その動きに合わせるように、かがんでいた彼女も静かに立ち上がった。


「どちらにせよ、今日は教室から少し距離を置きたかったんです。だから、ちょうどよかったというか……」


 返ってきた言葉に、琉亜の表情がほんのわずかに険しくなる。


「何かあったのか?」


 やや硬めの声色で、琉亜は問いかけた。


「ええ、まあ……よくあることではあるんですけど」


 言葉を探すように、美冬はやんわりと肯定する。その声音には、ごくわずかに迷いがにじんでいた。


 そのとき、校舎の窓からチャイムの機械音が響いた。

 美冬は小さく目を見開き、すぐに視線を琉亜に戻す。


「あ、終わりのチャイムですね」


 どこか気を紛らわせるように、そう言って微かに笑った。


「悩みがあるなら、放課後に相談乗るよ」


 いつもは時間通りに起きられないはずの琉亜だったが、今回は美冬が“目覚まし役”を務めてくれた。

 そのささやかな恩に対して、特に深く考えることもなく、ごく自然な調子で言葉を返した。


「……え?」


 美冬はわずかに驚いた表情を浮かべた。

 会話の流れからすれば、その申し出はあまりにも“倉本琉亜らしくない”ように思えたからだ。


「ああ、嫌なら無理にとは言わないよ。今回は起こしてくれたから、そのお礼みたいなもんだし」


 琉亜にとっては、あくまで今回の“義理”を返すための提案だった。

 だからこそ、強く勧めることはせず、彼女の意思を尊重する姿勢を言外に滲ませていた。


「い、いえ。嫌というわけではなくて……。もしよろしければ、放課後、お時間をいただけますか?」


 美冬は首を勢いよく左右に振ったあと、おずおずと申し出た。


「わかった。授業が終わったら、1年D組に来てくれればいい。そこから、どこかで話そう」


 そう言いながら、琉亜はベンチから立ち上がる。

 本音を言えば、教室に戻る気にはなれなかった。

 けれど、一度目が覚めてしまった以上、授業が始まる前に教室の前には立っておかないと、なんとなく落ち着かない。


「は、はい。わかりました。もうすぐ授業が始まってしまいますし、急ぎましょう」


 美冬の言葉にうながされるように、琉亜はふと視線を横へ向けた。

 校舎裏から見える教室の窓。その奥に掛けられた時計の針が、ちょうど始業一分前を指していた。


 美冬も同じ方向に目を向け、そっと息をのむ。


「急ごう」


 琉亜が短くそう言い、美冬も小さくうなずく。

 ふたりはその場を後にし、それぞれの教室へと足早に駆け出した。

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