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青綴り-Do you believe in the self that loves ?  作者: 遥
02-仮初の関係
13/25

13-参-日常Ⅱ

 美冬の後を追うようにして、琉亜も昇降口へ足を踏み入れた。


 並んで靴を履き替えながら、ふと問いかける。


「……白石は、いつもこのくらいの時間に来てるのか?」


 琉亜の声は、どこか探るようで、けれど柔らかかった。


 美冬は、かちゃりとローファーを履きながら、少しだけ考えるように間を置いた。


「そうですね。だいたい、これくらいです」


 事もなげに答えるその声音に、琉亜は小さく頷いた。


 特別な意味を持たない、ただそれだけのやり取り。けれど、どこか奇妙に静かな間が、ふたりの間に生まれていた。


 ふたりは、並んで靴を履き替えた。


 会話はそれきりだった。

 気まずさも、無理な間もなかった。

 ただ自然に、並んで昇降口を後にする。


 校舎へ続く短い通路を抜けたところで、美冬が立ち止まり、そっと頭を下げた。


「それでは」


 静かな挨拶だけを残して、美冬は自分の教室へと歩き出した。

 琉亜も小さく「じゃあな」と返し、別の廊下を進む。


 冷えた空気が、廊下の奥へと流れていく。

 朝の光はまだ淡く、遠くからは教室へ急ぐ生徒たちの気配がかすかに響いていた。


 琉亜は、いつもの一号館の奥へ向かう。一年D組の教室が、静かに彼を待っていた。


(変化は……無いか)


 教室に入ることは、やはりまだ簡単ではなかった。

 横引きの扉に手を伸ばす、その一瞬が、いつも少しだけためらわれる。


(やっぱり、サボりたくなるなぁ)


 とはいえ、朝から教室を抜け出すわけにもいかない。

 白石美冬という、少し不思議な人と出会って、何かが変わるかもしれないと、ほんの少しだけ期待したのは……それでも、日常は日常のままだった。


「おはよう、琉亜」


 扉の前で立ち尽くしていると、背後から声が掛けられた。

 高校に入学して以来、琉亜が気楽に話せる男子は、一人しかいない。


「あ、あぁ。おはよう」


 琉亜は戸惑いながらも、振り返るようにして、声の主に挨拶を返した。


 彼の名は万丈涼〔ばんじょう りょう〕。

 この学校では珍しく、金髪に派手なピアスという目立つ格好をしていた。

 校則こそ違反していないが、それでも自然と人目を引く存在だった。


 そんな彼だからこそ、琉亜を色眼鏡で見ることはなかった。


「また戸惑ってんのか?」


 涼は、呆れたように言った。


「ああ、まあ……うん」


 琉亜は隠すつもりもなかったが、自分でも少しダサいと思いながら、戸惑いがちに頷いた。


「ガタイもデカい、喧嘩も強い、極めつけに勉強もできる。……何を戸惑ってんだか」


 涼は、琉亜が手を掛けかけていた扉の縁を蹴り、つま先で下部を押し込むようにして、強引に扉を開けた。


「ほらよ、先陣は俺が切ってやった。これなら、お前も行けるだろ?」


 金髪とピアスに似合った、少しチャラい笑みを浮かべながら、涼はそう言った。


「……ありがとう」


 今日は、教室の前で立ち止まる時間が、いつもより短かった。

 琉亜は、そんなふうに思った。


 倉本琉亜にとって、授業と授業の間にある休み時間は、教室に居場所がないだけの時間だった。

 けれど、たった十分間だけなら、居場所のない教室にも、なんとか自分の居場所を作ることができた。

 しかし、昼休みのように少し長い時間になると、もう彼には、それを保つことができなかった。


 一人暮らしの彼は、朝食は食べるが、昼食用の弁当は作らなかった。

 冷めた食べ物は、なぜか喉を通らなくなってしまうからだ。


 琉亜は一人、校舎裏のベンチに座る。背を預けるようにして身を倒し、静かに空を仰いだ。


(今日も静かだな)


 学校の敷地内で、彼の心が唯一安らぐ場所であった。

 昼の暖かさに包まれた世界の中で、意識はゆっくりと溶けていった。

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