表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青綴り-Do you believe in the self that loves ?  作者: 遥
02-仮初の関係
12/25

12-弐-日常

 拙作をお読みいただき、誠にありがとうございます。


 お気に召していただけたなら、高評価やブックマークをしていただけると、今後の創作の励みになります。

「朝……か」


 朝五時。無機質な電子音が部屋に鳴り響いた。

 その音を頼りに意識を覚醒させた倉本琉亜は、ベッド脇に立ち上がると、近くのカーテンを引き、外の様子を確かめた。


(昨日の、あれは──なんだったんだろう)


 まだぼんやりとした頭の中に、白石美冬という名が浮かぶ。

 美しい容姿を纏った少女。

 彼女と交わした言葉、彼女のとった行動は、琉亜の理解できる範疇を軽々と超えていた。


 彼は動きやすい服に着替え、軽く体を伸ばすと、静かに外へと出た。

 ランニングと鍛錬。毎朝の日課をこなすために。


 アスファルトに靴底が触れるたび、乾いた音が静かに響いた。

 朝五時十分過ぎ。空はまだ薄暗く、夜と朝の境目を曖昧にした色に滲んでいる。


 琉亜は一定のリズムで足を運びながら、まだ人気のない住宅街を駆けていく。


 道の両脇には、無機質なコンクリート造りのマンションが建ち並んでいた。

 同じような外観の建物が、まるで規則正しく並べられた箱庭のように続いている。

 低層階のベランダには、誰もいない洗濯物干し竿だけがぽつりと立っていた。


 電柱が連なる細い路地を抜けると、大きな交差点に出た。

 信号はまだ夜間モードのまま、黄点滅を繰り返している。

 遠くの大通りでは、新聞配達のバイクが小さな音を残して過ぎていった。


 琉亜は呼吸を整えながら、そのまま歩道の端を駆け続けた。

 コンクリートの壁、ポツポツと並ぶ街路樹、シャッターを閉じた商店。

 すべてが、まだ静かに眠っている。


 吐く息は、わずかに白く。

 その中に、かすかな冷たさと、目覚めかけた街の匂いが混じっていた。


 ランニングを終えた琉亜は、人気のない公園の隅に足を運んだ。

 アスファルトの地面に、軽く汗ばんだ息が白く溶けていく。


 両足を肩幅に開き、体の軸を正す。

 ゆっくりと、深く呼吸を整えながら、目を閉じた。


 右足を一歩引き、膝を落とす。

 左掌を前に、右掌を腰に添えた静かな構え。

 無駄な力はどこにもない。ただ芯にだけ、僅かな緊張が宿っている。


 掌を払うように突き出し、体ごと半歩踏み込む。

 動きは流れるように続き、腰を回しながら肩を落とす。

 単に腕を動かしているわけではない。

 呼吸、視線、体重の乗せ方すべてが、ひとつに繋がっている。


 膝を深く曲げ、腰を沈める。

 脇を締め、腕をすり抜けるようにして掌を打つ。

 空気を割る音が、かすかに広がった。


 朝焼けに包まれた空気の中、琉亜はただ黙々と、動きを繰り返していた。

 流れる呼吸と、正確な足さばき。

 一挙手一投足に、言葉にし難い静かな気迫が滲んでいる。


 呼吸を流すように整えながら、琉亜は型の最後の動きを打った。

 掌が空を切り、膝を深く落とす。

 静かに重心を戻し、両足を揃える。


 目を閉じたまま、しばらくのあいだ呼吸を続ける。

 内側にあったわずかな熱も、徐々に静まっていった。


 薄く開いた瞼の向こう、朝の空はゆっくりと青さを増し始めている。

 空気に溶けるように聞こえていた鳥のさえずりも、少しずつ賑やかさを帯びてきた。


 琉亜は黙って頭を下げ、鍛錬を終えた。

 再び体を整えると、歩き出す。

 湿り気を含んだ冷たい風が、額に滲んだ汗を優しく冷やした。


 まだ街は、ほとんど目覚めていない。

 アスファルトの上に伸びる長い影を踏みながら、琉亜は静かに帰路についた。


「倉本さん」


 背後から掛けられた声に、琉亜はふと立ち止まった。

 振り返ると、朝の光を受けながら、白石美冬が静かにこちらを見ていた。


「あ、ああ。白石、おはよう」


 琉亜は少し間を置いて、ぎこちなく挨拶を返した。

 昨日の今日で、不思議で不理解な行動をした彼女を目の前に、彼は確かに戸惑っていた。


「おはようございます。いつも、こんなぎりぎりなんですか?」


 彼女は、控えめに身を傾けた。


 ホームルームのチャイムが鳴る五分前。

 琉亜は学校という場所に馴染めず、いつも家を出るタイミングをぎりぎりまで迷ってしまう。


「家が徒歩五分だからさ。つい……な」


 小さく肩をすくめながら、琉亜はどこかバツが悪そうに、言い訳のように呟いた。


「そうなんですね。もうチャイムも鳴ってしまいますし、早く行きましょうか」


 彼の内心には気づくこともなく、美冬は言葉をそのまま受け取った。

 そして、ためらいもなく昇降口へと足を踏み入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ