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青綴り-Do you believe in the self that loves ?  作者: 遥
02-仮初の関係
11/25

11-壱-曖昧

 カーテン越しに夕陽が差し込む教室で、美冬は帰り支度をしていた。

 机の上を整え、鞄のファスナーに手をかけた、そのときだった。


「どうだったの?」


 ふいに背後から声を掛けられ、美冬は振り返る。

 制服の袖を無造作にまくりながら、結芽がこちらへ歩いてきた。


「どうだった……とは?」


 何についての話なのかわからず、美冬は小首を傾げる。

 窓の外では、沈みかけた太陽が校庭の隅を橙色に染めている。


「今日、倉本と会ったんでしょ?」


「……なぜ、それを?」


 鞄を肩にかけながら、美冬は結芽を見つめた。

 教室にはすでに人気がなくなり、椅子を引きずる音や、廊下を駆ける足音だけがかすかに響いている。


「昼休みに居なかったから、そうかなって思っただけ」


 悪びれもせずに言う結芽に、美冬は小さくため息をついた。


「結芽さんには、隠し事はできませんね」


「それなりに長く一緒にいるからね」


 窓際に立った結芽が、外の景色をぼんやりと眺めながら苦笑する。

 その横顔を、美冬もつられるように見つめた。


「一緒に帰らない? 話、聞くけど?」


 倉本琉亜に美冬が声をかけるよう仕向けたのは、他でもない結芽だった。

 本人もその自覚があるからこそ、その出会いにどんな化学反応が起きたのか、興味を隠そうとしなかった。


「……うまく話せるかどうか」


 美冬は、鞄の持ち手をぎゅっと握った。

 倉本琉亜との会話は、自分でもうまく言葉にできない、不思議な感覚があった。


「話しづらいことでもあったの?」


 結芽がからかうように尋ねる。


「話しづらい……私の感じ方のせい、なのでしょうか?」


 美冬は答えながら、鞄の持ち手を指先で弄んだ。

 自分でも整理できていないことを自覚している。


「結構拗らせてるね?」


 軽口を叩く結芽に、美冬は不満そうな顔をした。


「失礼な……」


 小さく息を吐き、美冬は椅子を引いて立ち上がる。

 教室には、もう数人しか残っていない。黒板には翌日の予定が書かれ、窓の外はすっかり夕暮れに染まっていた。


 結芽も鞄を肩にかけ、美冬の隣に並ぶ。


「ほら、帰ろ。歩きながらなら、少しは話しやすいでしょ?」


 結芽が引き戸に手をかけ、横にすべらせる。

 静かな教室に、戸車が回るかすかな音が響いた。


 美冬は一瞬だけためらい、それから小さく頷き、結芽の後について教室を後にした。


 下駄箱で靴を履き替え、昇降口から外に出たとき、冷たい風が制服の裾を揺らした。

 ふたりは並んで歩き、校舎沿いの舗装路を抜ける。


 門扉を越え、学校の敷地を出たところで、美冬はふと立ち止まった。


「倉本さん、噂で聞くような人ではありませんでした」


 それは、素直でわかりやすい美冬の感想だった。


「そうなんだ? でも、授業はサボってるんでしょ?」


 結芽は、ある程度の確信を持って言った。

 彼女は倉本琉亜を詳しく知っているわけではないが、噂話程度には聞きかじっている。


「……それは、そのようですね」


 美冬は少し言葉を濁しながら答える。


「ふぅん。それにも、思うところがあったんだ?」


「……まあ」


 美冬は小さく頷き、校庭から伸びた影が舗装路に溶けていくのを見つめた。


「そんなに悪い人じゃなかった?」


 結芽は、美冬が言葉を探していることに気づいていた。

 だから、敢えて自分の言葉で、美冬の気持ちを整理する手助けをした。


「それは、そうですね。良い人だなって思いました」


 校門を抜けたふたりは、駅へと続く道を並んで歩く。

 夕陽に照らされたアスファルトは、まだわずかに温もりを残している。


「どんなところが?」


 結芽が問いかける。

 美冬は隣を歩きながら、少しだけ首を傾げた。


「難しい……ですけど、何だか、繊細に感じたというか」


「へぇ。繊細に感じたから、良い人だと思ったんだ?」


 結芽がからかうように微笑む。

 繊細=良い人とは限らないことくらい、美冬にもわかっていた。

 だからこそ、少しむっとしながらも、慎重に言葉を探していた。


「とても苦労されている方なのかな……と。何もまだ知らないのですが、何となく、そう思って」


「ふぅん。

 じゃあ、もっと知らないとわからないね?

 ──ああでも、それ以上関わる必要もない気がするけど」


 結芽はふわりと、美冬を制するように言った。

 倉本琉亜は男子であり、美冬は女子だ。

 ふたりきりで言葉を交わすなら、なおさら慎重にすべきだと、結芽は思っている。


「……線を引けってことですか?」


 美冬が静かに問い返す。


「……珍しい。美冬に皮肉が伝わるなんて」


 皮肉というのは、本来、心当たりのある者にだけ届くものだ。

 表面上は何でもない言葉に、相手が勝手に意味を読み取る。

 結芽は、美冬がそれを汲み取ったことに、ほんの少し驚いていた。

 長い付き合いの中で、彼女が基本的にコミュニケーションを得意としないことを理解していたからだ。


「今までも、皮肉を……?」


 駅へと続く道を歩きながら、美冬は尋ねる。

 夕陽はすでに傾き、街灯がひとつ、またひとつと灯り始めていた。


「悪意はないよ」


 結芽は肩をすくめるように笑った。

 その仕草に責める色はなく、ただ柔らかい。


「……はあ。今は良いです。

 倉本さんにも、そうやって線を引かれたんですよ」


「そうやって?」


 結芽が首を傾げる。


「"やめといた方がいいよ"って」


 駅前のロータリーが見えてきた。

 バスの出入りで賑わう中、美冬の声は少しだけ小さくなる。


「ごめん、何に?」


 結芽は歩みを緩め、美冬に視線を向けた。


「えっと、他の男子だったら期待しちゃうって……」


 言いにくそうに言う美冬に、結芽はふっと吹き出した。

 呆れるでもなく、どこか楽しげに。


「美冬、あなた距離感バグってるからね。たぶん、それじゃない?」


「距離感……?」


 小さく首を傾げた美冬の表情には、素直な戸惑いがにじんでいた。

 結芽はそんな彼女を横目に、やれやれといったふうに笑いながら、駅舎の方へと歩き出した。


 改札を抜けたふたりは、上りホームへと向かった。

 電車の到着までには、まだ少し時間がある。


 人気の少ない端の方で、美冬と結芽は肩を並べた。

 吹き抜ける風が、制服の裾をかすかに揺らしている。


「でもさ、倉本も、変なこと言うよね」


 結芽が軽く笑った。


「……そうでしょうか?」


 美冬は不思議そうに首を傾げる。


「普通なら、“他の男子だったら期待しちゃうよ”なんて言わないよ。そんな気を回す方が珍しいって」


 美冬は考え込むように視線を落とした。

 ホームの白線の先、遠くに電車のライトが見え始めている。


「でも、何となく、そういう人なんだろうなって……」


 呟いた声は、風に紛れて小さく揺れた。


 ちょうどそのとき、ホームに電車が滑り込んできた。

拙作をお読みいただき、誠にありがとうございます。


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