兵器が人に戻る時
飴を噛み砕くと、ガリっと音がする。当たり前の事。歯にくっついて歯の奥を舐めるとこびりついた飴の欠片の味がして甘い。これも当たり前。
当たり前で何もおかしさがない行動。だけど、これが"最終兵器"とアマチュア野球界で称される私の打席前のルーティンだ。
「代打。頼んだぞ」
「うっす」
今日の監督と一言交わして打席に向かう。状況は二点ビハインドで、ノーアウト満塁。で相手投手は、元高校球児。甲子園経験アリだそう。今回は久しぶりの大物。確か、地方予選の本戦への出場権が掛かってるんだっけか? 今日のチームは。それで報酬が普段の倍だけど、相手が甲子園経験者ならもう少しねだっとくか。ま、ただ打たないと返金。仕事をしてこよう。
口の中に残る欠片の甘さを感じながら打席に立った。
バットを力を抜いて肩に一旦担ぐ。そして、バットを立てながらじっくり前に出す。肘が伸び切ったタイミングで少し戻す。遊びの部分を作って緩める。これが、最初の構え。相手をみる。ゴーグル型メガネでこちらを見てる。さっきベンチの外で見てた時より気持ちが入っているのがわかる。私を知っているわけだ。じゃあ、油断はしてくれないねえ。ちょっと残念だ。
投手が振りかぶって一球目。アウトコース低めに決まる。伸びはまあまあ。Bマイナスというレベル。球速も含めて大したことはなかった。ただ、左投げで横からだから、腕が遠く感じる。私が右打席だから、食い込む形。ちょっと厄介。だが、ストレートがこの程度のカスい球なら変化球を待つタイミングで打てる。悠然と次の一球に向けて構え直した。
それから二球続けてボール。少し動く球をちょこざかと使っているが、雑魚ボールじゃ振るわけがない。ああいうのは、いい直球かよほど勢いのあって速い球だから意味がある。下手な鉄砲使いだから使いこなせてない。打席上で鼻で笑った。
そういや思い出した。あの投手は五年前の甲子園で見たな。技巧派エース! 地方大会全試合完投で二失点と持て囃されてたなあ。で、初戦であっさり攻略されて、七回十三失点だったな。今の球見てあれはまぐれじゃなく、実力での十三失点だと確信できた。それで今は上の大学や社会人、独立でなくアマの温い場所でお山の大将。偽物にはお似合いだ。私が直々に教えてしんぜよう。お前は紛い物だと。
少しだけ力を入れて構える。
小賢しいフォームから放たれた四球目。
さっきとの違いがわからないしょぼい球。外に少し逃げて外れればいいや。振ってくれて打ち損じならOKってのが丸見え。報酬は弾んでもらわなくていいなっ。
カシュゥウウウウウウン!!!!
破裂音から勢いよく、ミサイルのような弾道でボールが飛ぶ。軟式だったらボールが柔らかくて多分定位置くらいのセンターフライ。今日は硬式。残念ながら飛ぶ。早い話しが
どすん。電光掲示板に直撃のホームランだった。
弱すぎて面白くなかった。淡々と回ってこよう。ゆっくりとダイヤモンドを一周した。相手はうなされていたようだがよく覚えていない。
「はぁ。それでストッパーもしてくれと」
監督から、状況を説明された。なんでも先発した人が脇腹を痛めて投げられないらしい。それで投手もできると聞いて次の最終回も投げてくれと言われているのだ。
「報酬倍になるけどいいのか?」
「はい! 大丈夫です! うちが本戦行けば、カミさんに俺の成果を自慢できるのでお願いします!」
くっだらねえ理由で頭を下げて懇願してきた。かったりいが、相手が雑魚すぎて暇だったから受けてやろう。
「わかった。じゃあ準備してくる。キャッチャー。こっちこい。おめえの取れるレベルを確認すっから急いで準備しろ」
ベンチに座ってたチームの捕手を呼んで急いで準備させた。
最終回もあっという間にツーアウト。八割までしか取れねえから出せねえが、それでも抑えられる。しかも左投げの全部ストレートだけで三振。相手にならん。
さて。あと一人で終わり。報酬ぶんどって早よ帰ろう。そう思ってロジンバックに触れていたら、代打が出てきた。
背番号78。新メンバーか?もらったメンバー表にはいなかった。新メンバーか?
相手をよく見る。ヘルメット被っててもわかるはっきりとした顔立ちに、侍のような出立ち。脱力ができていて、隙がない。
……見たことある。つーか、知ってる。忌々しい奴だ。
大学野球で俺と並ぶ存在で、俺と競り合ってそして俺の脚と右肩を潰した。俺がプロや社会人野球じゃなくて、こんなぬるま湯の兵器として生きねばならぬようになった原因。それが葛城陵。立ってるのは本人だ。
あいつか。手が抜けねえ。あいつも上でやれずにこっちにきたパターンか。確か俺が辞めたのが二年秋で、三年夏に辞めてたな。他の奴らとの喧嘩と窃盗で。俺を歪ませ地獄に落としたやな奴だったな。
思い出すだけで忌々しい。あいつだけは抑える。手に力を込めた。
「ボールスリー!」
ギリギリを突いたが見送られた。壁はポロッと溢してやがる。左投げで全力勝負してスリーボールツーストライク。あと一球が遠い。つうか、あいつワザとやってやがる。前の球はあいつなら打てた球速とコースを振り遅れてファール。ワザとらしい振り遅れだったから間違いねえ。
顔を見たら笑ってやがる。やな顔だ。憎たらしくて仕方ねえ顔だ。だが、左じゃこれが限界。抑えられねえ。打たれたら、俺の評判は下がる……そうか。俺を徹底的に潰すためにここに来たと。あいつが打てば今後のいい仕事はあいつが持ってく。それで俺を野球業界から完全に追い出そうとしてる。性格は本当に最悪だ。野球が上手い分腹立つ。だが、現状では抑える手段がねえ。とは言え歩かせるとかはしたくねえ。自分を許せなくなる。
右、解禁するしかねえな。壁が取れるかは知らねえ。だが、あいつを抑えられねえ事が俺は許せねえ。使うしかねえ。
「おい、壁! 右腕の全力でお前のミットに投げる。全力で構えろ!」
「はゅ、はい!」
しっかり構えさせる。全てはあいつに勝つため。それで俺は少し救われる。右腕次第。耐えろ、超えろ。いくぜ!
両利き用グラフを右投げスタイルにはめなおす。そして息を吐き、ゆっくりワインドアップ。両腕を下げながら左足を高く上げて、貯める。ここだ。このタイミングだ。
ゆっくり腕を回しながら左腕、左足、右足が連動して動き出す。行こう。これが俺の本気だ!
放たれた会心のボールがベースへと向かっていった。
なあ、葛城。君の目に映る俺をどう感じる。俺は、お前が俺のフォークを無様に空振りして、命乞いするように振り逃げ狙って一塁に走る姿をしてるお前が見れて最高の気分だぜ。潔く死ね。野球人として。お前は今日死んだ。
壁がなんとか一塁に投げてゲームセット。あの日の呪縛はもう消えた。
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