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追放の酒場テロル

 俺は第三王女から貰った鍵を使い牢屋から出る。狭く冷たい牢屋から抜け出した余韻に浸る暇などない。認識阻害の魔法とやらがかかっているローブを羽織り、俺はこの牢屋からの逃亡を開始する。第三王女は今からこちらに来る兵を足止めするために、一足先にここを後にしていた。


 俺は第三王女に言われた通りに真っ直ぐ行こうとすふ。しかし、左へ向かって真っ直ぐなのか、右に向かって真っ直ぐなのかを聞くのを忘れてしまっていた。


 第三王女は左へ向かっていった。つまり、見回りの兵が来るのはあちらからということになる。そして、それに見つからないように行くなら俺が向かうべきは右だ。そんな根拠も何も無いまま、俺は逃亡を始めた。


 他の牢屋は静まり返っていた。夜遅くだから他の囚人が眠っているのも不思議ではない。けれども、静かすぎてもはや誰もいないと思えるほどだった。暗くて、他の中の様子は分からない。そもそも、気にしている暇もない。俺は一度掴まってしまったら、問答無用で打首晒しが確定している身だ。


 第三王女に言われた通りにただ真っ直ぐ走る。暗闇で良くは見えないが真っ直ぐ走ることは出来た。そして、しばらく走っていくと俺は壁に激突する。


「いった……。ここが行き止まりか」


 俺は壁に激突して目的に着いたことを知る。鼻から何かが垂れてる気がするけど、俺は無視をして階段を昇る。階段の壁は石で作られており、蝋燭がかけられていた。久しぶりに眩いものを見た俺の目はしばしばとする。登り終えると、質素な造りの木のドアがあった。取っ手らしきものはなくて、手で押すと開く仕組みであった。目の前に広がるはどこまでも続いた豪華絢爛な廊下。ここが次の関門である。第三王女はこの廊下を大股で二歩と言っていた。


「なあ、そろそろ交代の時間だろ。ちょっとだけサボって行かないか?」


「お前なあ、そんなことしたら殺されるぞ。サボって打首なんて俺はゴメンだな」


 俺は廊下の奥の方から人の声が聞こえ、咄嗟に扉の方へ戻る。喋り声はこちらに近づいてくる。息を殺して過ぎ去るのを待つ。徐々に遠のいていく声に安堵しながら、俺はまた扉から廊下へと出る。


「あ、あぶねえ……危うく死ぬところだった」


 俺は大股で二歩だけ廊下を歩く。そして、壁をぺたぺたと触る。第三王女が言うには、どこかに緊急避難用ルートがあるはずなんだが。だが、触れど触れどそれらしきものは出てこない。俺は嘘をつかれたのでは無いかと疑心が出てくる。


 いや、でもこんなもの(ローブ)まで渡しておいてみすみす俺を殺すなんて有り得るか。有り得たらとんだサイコパス野郎だぞ。俺は一度冷静になる為、来た道を戻る。階段に座り込み、どうしたら緊急時用の避難用ルートが出てくるを思考する。


 第三王女は大股で二歩のところと言っていた。これは間違えが無いはずと信じたい。だが、実際には大股で二歩の所には存在していなかった。つまり、どういうことだ。


「大股で二歩……大股で二歩……。あっ、そういうことか!」


 俺の頭に一つの閃きが思い浮かぶ。俺は扉を出て、またあの廊下へ行く。大股で二歩、それは俺の大股で二歩ではなかったのだ。第三王女が大股で歩いた場合の二歩。これが正解だったのだ。


 俺は第三王女の大股を何となくで想像する。第三王女は確か小柄だったはず。暗くてよく見えなかったし、よく見ようともしていなかったから正しいかは知らないけど。俺はさっきまでの大股を改め、小さな大股に変える。そして、小さな大股という矛盾で閃いた打開策は見事に当たった。


 ぺたぺたと壁を触っていると明らかな異質感を指の平で感じる。そこをグッと力強く押すと、壁がみるみると開いていく。砂埃が舞う。現れたのは外へ通じる一本道。途端にけたたましい鐘の音が響く。カーンカーン、と異常事態を知らせるように鐘は耳を貫通し心臓を揺らす。それは危機感を煽るには十分で、俺は焦りながら足早に逃げる。


 ドタドタと忙しくない足音。木霊する怒号。そして、後ろから聞こえた声。


「おい!緊急時用の道が開いている!!誰だ!そこにいるのは!」


 後ろから叫ぶ男の声は俺の存在には気づけてなかったみたいだ。きっと、このローブを羽織っているおかげだろう。


「姿が見えない……!誰か、認識阻害を妨害しろ!」


 第三王女が言っていたのはこういうことか。魔法を妨害するって全くなんだよ。ここは中世なのか、それとも魔法がある摩訶不思議な世界なのか。誰か、教えてくれよと思いながら俺は足を加速させる。その時、風きり音と共に俺の頬を薄く何かが通過する。手で頬を触ってみると、べったりと血がついていた


 後ろを振り返ると、弓を構えた兵士が俺の方に標準を合わせていた。横にいるもう一人の兵士の合図と共に次の矢が放たれる。


「これは警告だ!直ちに投降しなさい!しない場合は反逆とみなし、この場で殺す!」


 警告と言いながら人の頬を裂くようなヤツらの言うことなんて聞けるかよ。そもそも、俺はお前らを信頼してないんだ。言葉に耳を傾けずに俺は一目散に走る。


「隊長、投降する気はないみたいですよ。どうしますか?殺します?」


「……仕方ない、殺せ」


 そして、次々と放たれる矢。俺は当たらないことを祈りながら走るが、肩に一本の矢が刺さる。肩に始まり、全身に走る激痛と熱湯をかけられたような熱さ。ジンジンと痛む。膝から崩れ落ちてしまうほどの痛みを体が襲う。だが、俺の体はそれでも走り続けた。死への恐怖なのか、痛みはあれど足は止まらなかった。


 過呼吸気味になっても、目の前がぼやけても俺は走った。今自分がどこにいて、何をしているのか。それすらもだんだんと認識が出来なくなっていく。ぼんやりと不透明になっていく思考。ちょっと前からキンキンと耳鳴りがやまない。肩の痛みはジンジンからズキズキになっていて、血がドバドバと流れている。そして、俺の意識は気付いたら途絶えてしまっていた。


 次、目を覚ますと俺は木目調の暖かいベットの上で寝ていた。見慣れない景色に俺は困惑する。


「おや、起きたかい。死んじゃいなくてよかったよ」


 暖簾の奥から聞こえる優しい老婆の声。


「誰ですか?」


「合言葉は、と言えばわかるかね」


 老婆はそう言う。俺は合言葉の意味を直ぐに理解した。


「酒と月明かりは最高のおつまみだ……」


「ようこそ、追放の酒場テロルへ」


 暖簾を捲り、腰を曲げた老婆は強き眼で俺にそう言った。

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