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逃亡者

 俺は死んだと思っていた。いや、確かに死んだ。トラックに轢かれ、体がぐちゃぐちゃになって。なのに、俺はなぜ冷たい寒い牢屋に閉じ込められているのだろうか。


 話は少し前に戻る。俺――中嶋武(なかじまたけし)はトラックに轢かれ死んだ。あの瞬間に体はちぎれ、生命の維持は消えたはずだった。


 しかし、俺は赤いカーペットが敷かれ、漫画の世界でしか見ない、いかにも魔法使いです。といった格好をした人達に囲まれていた。赤いカーペットの奥にはドンッと大層偉そうに座る白い髭を蓄えたご老人が。ご老人の頭には宝石やら何やらが埋め込まれた王冠がのせられていた。


 まるで、中世の時代みたいだな。この場所も石造りで現代のものとは思えない。俺はタイムスリップをしてしまったのだろうか。車に轢かれて過去に行く。そういった創作物は世界に溢れている。てことは、俺は死の間際に何らかの不思議な出来事に巻き込まれたのか。


 そうやって起きている出来事を一つ一つと整理していく。すると、王様らしきご老人が手をクイッと動かす。横にいた紫色のローブを着た男か女かいまいち分からないやつらが、俺の手足を抑えつける。無様に地面を舐める形になる。


「お、おい!何すんだよ!こんなことする前にここどこか教えろよ!」


 俺の声は震え、恐怖と怒りが混じっていた。王様らしきご老人はそんな俺を見ても眉すら動かなかった。それがよりいっそう不安を煽る。


 二人の支配から抜け出そうともがく。だが、とても強い力で抑えつけられ抵抗なんて出来やしなかった。


 一人の男が透明な水色の水晶を俺の前に置く。水晶はパァっと光る。男は光った水晶を見て、落胆したような表情を見せた。そのまま男は王様らしきご老人の元へ行く。


「……アズベルト様。コイツはハズレの異邦人(アルカディア)のようです」


 耳元でコソコソと何かを話している。距離が遠すぎて聞こえない。だけど、俺にとって不都合なことであるのは何となくわかる。


「おい!何なんだよ!何とか言えよ!」


 俺がどんなに吠えても誰も眉も何も動かさない。プログラムされた行動しかとらないロボットのようで気味が悪い。


 周りを見渡してもこの状況を打開する策なんてない。策を弄したところで誰かに殺されるのがオチなのはわかっているが。


「……ハズレか。なら、捨てておけ。牢屋にでも国外にでも」


「仰せのままに」


 水晶の男が王様らしきご老人と話が終わって、またこちらにやってくる。俺は解放されるのか、それともこのまま殺されるのか。どちらか分からない恐怖が体全体を襲う。歯はガチガチと震える。息も心臓も全てが荒くなる。


 いっその事、こいつにでも飛びかかってやろうかと思うが二人の得体の知れない奴らがそれを許さない。


「お前は国家反逆罪を犯した。よって、死刑だ」


「……はっ?おいおい、何言ってるんだよ。俺は気が付いたらここにいたんだぞ。国家反逆罪だ?何の話だよ。そもそもここはどこなんだよ」


「お前の質問に私が答える義務などない。()()()()()()に連れて行けぬアルカディアなどいらぬのだよ」


「アルカディア……?」


 水晶の男はペラペラと訳の分からないことばかり連ねる。アルカディアやら、国家反逆罪だとか、死刑だとか。俺には何ひとつとして身に覚えのない事だ。


 てか、何も知らないのは当たり前だ。俺も気が付いたらここにいて急に抑えつけられて。何がなんだが本当にさっぱりだ。水晶の男は冷酷な瞳をして俺を見つめている。その瞳は嘘をついていない、とでも言いたげだった。


「連れて行け」


「ハッ!」


「おい、待てよ! 死刑とか国家反逆罪とかアルカディアってなんだよ! 答えろよ! お前らの口は飾りなのかよ!」


 こうして俺は牢屋にぶち込まれ、今に至るというわけだ。正直、今も何がなんだが。てか、こんなこと何時間経とうが理解出来るわけない。


 死んだと思ったらタイムスリップしてて、そして急に次は国家反逆罪で死刑です。なんて言われて「はい、そうですか」と理解出来るわけない。本当に何なんだよ、誰か教えてくれよ。


 牢屋は狭く暗い。柵から漏れている月明かりだけが唯一の光源だ。おまけに衛生状況も良くない。そこら中から水の滴る音が聞こえるし、さっきなんてネズミがいた。ネズミなんて病原菌の塊だというのに。


 ここは飯も不味いし。さっき夕食だ、と言われて出されたパンとスープがあった。だが、そのパンはとてもじゃないがパサパサで食えたものじゃなかった。なら、スープに浸して食おうと思った。が、スープはスープでじゃがいもをひねり潰して、一晩中お酢に漬け込みコンソメをぶち込んだみたいなクソみたいな味がした。


 この時代のヤツらの舌が終わってるのか、俺らみたいな人間に出す飯だから適当に作ってるのか。どちらにせよ、これから俺は痩せ細っていくことだろう。死刑の前に餓死で死んでしまうかもしれないな。


 微かな月明かりを見ていたら、足音が聞こえてきた。見回りの兵でも来たのか。俺は逃亡なんてする気はさらさらないがね。足音は徐々にこちらに近づいてくる。そして、俺の牢屋の前でそれは止まった。


「……貴方がアルカディアですか?」


 暗がりに小さく響く女性の優しい声。


「誰ですか?もう死刑ですか?」


「いえ、違います。私はロルゼウス王国、第三王女アルベスト・サーマン。貴方を助けに来ました」


 俺は聞き間違えかと思った。人を急に捕らえて、ろくな説明もせずに殺す国の王女が俺を助けると言ったのだ。変な冗談でも言ってるのか。


「人を急に殺す国の王女が俺を助ける?何かの冗談ですか?」


「いえ、私は冗談などを言いに来た訳ではありません。私は貴方を助けに来たのです」


「……本当なら助かるんですがね」


 俺は正直さっきのことで人を信じる心が欠けていた。第三王女と名乗る女性の顔は暗がりと深く被ったフードらしきものでよくは見えない。だけど、声には一本の芯といったらいいのだろうが、力強さを感じていた。微かな希望が見えた、だがこれがあいつらの罠の可能性だということも拭いきれなかった。


「第三王女の名を汚すような真似はしません。早くしないと見回りの者が来てしまいます。そしたら、貴方は本当に死んでしまいます」


 死ぬか、言葉を信じるか。どうせ、一度は死んだ命。ここでウダウダとしていても死ぬ命。俺は第三王女の言葉を信じることにした。


「分かりました。信じます」


 第三王女は「ではこれを」と俺に牢屋の鍵と薄手のローブらしきものを渡す。


「このローブは?」


「認識阻害の魔法がかけられたローブです。少しの物音などならそれで誤魔化せます。逃げる時に役に立つでしょう」


「えっ?魔法?どういうことですか?」


 魔法?それは漫画やアニメの設定で中世には無いはずだが。もしかして、俺はタイムスリップをしていない?


 どういうことか説明してくれと言ったが、「生き残っていたらちゃんと説明します」と言われてしまった。この国の奴らは本当に説明を何もしない。どこまで適当なんだよ。てか、これなんなんだよ。魔法やら、アルカディアやら何が起こっているんだよ。俺の頭は整理のできない情報でパンク寸前になってしまっていた。


「いいですか。この牢屋を出たら真っ直ぐ行った先にある階段を昇ってください。そしたら、長い廊下に出ます。そしたら、廊下を大股で二歩歩いてください。右側にある壁を触ると、何処かに外へ繋がる緊急時用の避難用ルートがあります。それを見つけてください。避難用ルートが開かれると城内は緊急配備になるので、あとは運です」


「最後は運かよ……。とりあえず、じゃあ避難用ルートを見つけたら猛ダッシュって事ですね」


「はい。無事に外に出れたら、城下町にある酒場テロルに行ってください。そこに私の協力者がいます。マスターに酒と月明かりは最高のおつまみだ。と言ってください。そうしたら、全てが完了です」


 俺は第三王女から一通りの逃走ルートを聞く。つらつらとこれからの流れが説明される。だが、あまりに工程が多すぎる。何とか、というかほとんど覚えてはいないが俺は第三王女の手助けを受け、牢屋からの逃亡を開始する。


「じゃあ、お気をつけて。見回りの者は私が引き付けておきます」


「うっし!全然覚えれてないけど行くか!」


『実績解除 逃亡者』


 こうして、俺の二度目の人生は幕を開けた。

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