変な空気
夜、とあるアパート。三人の男たちが集まり、楽しく酒を飲んでいた。
「くぅ、くぅ、くぅ~! くぅ、三連ぱ、くぅ~!」
「はははっ!」
「ふふっ、はしゃぎすぎだよ」
「だって久々の飲み会だからなぁ! 盛り上がらないでどうすんだよ!」
「ははは、まあ、宅飲みだけどな」
「にしても顔真っ赤だね。熱でもあるんじゃない? 体温計借りたら?」
「ないないってフォオオオウ!」
「はははっ、でさー、ほら、あの子のこと覚えてる? 高校のときの」
「え、高校のというと、お前が好きだったあの子?」
「そうそう、あの子。いやぁー実はさ、この前、偶然あの子のSNSのアカウントを見つけちゃってさぁー」
「うわぁ、お前ネットストーカーじゃん」
「おいおい、人聞き悪いこと言うなよ。お前だって本当は気になるだろ? あの子かわいかったもんなー」
「まあね。今でもほんと、かわいいからなぁ」
「そうそう、ん、え? お前もアカウント知ってるの?」
「いや。でもこの前会ってさ」
「え!? どこで、どこどこどこで!?」
「すげえ食いつくじゃん。えーっと、どこだったっけなぁー」
「ふぅー……」
「もったいぶるなよ! なあ、どこで!? もしかして、今でも繋がりあんのお前! バッタリ会っただけ!?」
「いやぁ、うーんふふふ」
「ふぅー、うっ、ゲホッゴホッ……」
「なあなあ、教え――」
「ゲホッ! ゴホォォ!」
「ん?」
「はぁー、ふぅー、あぁぁ……」
「いや、なに?」
「え?」
「いや、さっきから静かだなって思ってたけど、いや、咳はうるさいけど、なに? どうした?」
「いやぁ、ちょっとさ……」
「なんだよ、言えよ」
「そういえば、さっき体温計で計ってなかった?」
「え、本当に計ったのか。いいけど、それで、え、熱あったの?」
「……あった」
「そう……。まあでも、酒が入ってるからだろ」
「まだそんなに飲んでなかったよね。缶ビール、二、三口だけじゃない?」
「それであのテンションかよ……で、何度だったんだ?」
「……三十六度六分」
「平熱じゃねえか!」
「いや、違うんだよ……おれさ、平熱が低い人なんだよ」
「しらねーよ。それで、あの子とどこで会って何を話したんだよ」
「んー、あの子ってぇ?」
「だからお前、もったいぶるなよー! おれもアカウント教えるからさぁー」
「あぁぁぁぁぁ……」
「いや、うるさ。なんだよ」
「もー、駄目だ……具合悪い……」
「いや、大丈夫だろ。さっきまであんなに元気だったんだから」
「でも、熱あるし」
「ねーんだよ」
「ほら、おれ、そういうの気づくとそうなっちゃう人だから」
「は?」
「体温計の数字見て、それで体に出ちゃうんだよ」
「だから知らねえって」
「小学生の頃、体温計の先っぽ擦って数値上げたら実際、具合悪くなったりとか」
「ズル休みじゃねえか」
「ああ、三十六度五分だ、ああぁぁぁって」
「そこでも低いのかよ」
「ほら、今も三十七度! 出た! 出たよ!」
「擦ってんじゃねーよ! 壊れるだろ! あと三十七度なら頑張れるだろ」
「だからおれ、平熱が低い人って言ってんじゃん!」
「知らねーってんだよ! 二度とその話するなよ。はぁ、そんなに気になるなら、ちょっと休んでろよ」
「ああ、ベッド借りていい?」
「ああ、好きにしろよ」
「あと保冷剤貰える? おでこ冷やしたい」
「ちっ……。冷蔵庫にあるから、ちょっと待ってろ」
「あ、あの子のアカウントってこれかな。ん、でもな……」
「え、お前見つけたの!? この短時間で!?」
「まあ、見つけたというか、前に聞いた」
「は!? 聞いた!? お前、その時に一体、何を話したんだよ!?」
「べつにそんなに話さなかったよ。ちょっと、SNSとかやってる? みたいな」
「おいおいおいおい、嘘だろ……。他には、他に何か話したのかよ」
「ねえ、保冷剤まだー?」
「うるせえな! そもそもお前に構ってたせいで交渉材料を失ったんだぞ!」
「他に話したことと言えばねぇ……」
「え、何だよその目。え、まさか俺のこととか……?」
「さぁ、どうだろうねぇ……」
「だから教えてくれってば、頼む頼むよ頼む頼む!」
「はははっ、押すなってわかったから、あ」
「で、で、何話したんだよ」
「つぁー……」
「ん?」
「あ、つー……あー……」
「ん? なに? え、目? ああ今、俺の指、目に当たった?」
「ああ……」
「ああ、ごめんごめん。それで、何話したんだよ。ほら、俺とあの子、一時期いい感じになってさ。連絡先も知ってたけど、俺、携帯壊しちゃって、それで卒業後は全然」
「あー……つぅ……」
「いや、そんなに痛かった? ごめんて」
「これ、あぁ……ちょっとなぁ……」
「いや、何回確認しても血とか出てないし」
「あぁぁ……」
「長くない?」
「あ、つぅ……」
「ゲホッゴホッ! ああぁ……」
「いや、何この空気。なんでこの短時間で、ここまで盛り下がれるんだよ」
「俺、目、赤くない?」
「なってる。俺、顔赤いだろ?」
「そこで慣れ合ってんじゃねーよ! あと、お前だって、はしゃぎすぎるなとかネットストーカーだの、ちょいちょい盛り下がるようなこと言ってたからな。ほらほらほら、久々の飲み会なんだから盛り上がれよ!」
「お前、よく喋るなぁ。静かにしたら?」
「てか、ちょっと髪薄くなった?」
「だから、俺をそっち側に引き込もうとすんなよ!」
「あー熱が……」
「あー目が……」
「うるせえな! もういいから彼女の話をしろよ!」
「それこそもういいだろ」
「それな」
「いいから、この話で盛り上がるんだよ!」
「いつまでも引きずってて、みっともないよな」
「はははっ。な、しつこいよな。どうせ付き合えなかったよお前は」
「それより目、大丈夫か?」
「わかんない。視力下がったかも。そっちは熱は?」
「ダメだ。今見たら三十七度五分」
「大躍進じゃん!」
「だな。ははははははっ!」
「はははははははっ!」
「そっちで盛り上がってんじゃねーよ!」
「あ、彼女なら結婚したってさ。知らなかったってことはお前が見つけたの、たぶん古いほうのアカウントだよ」
「え……」
「はぁ……」「はぁ……」「はぁ……」