第88話:遥かなる時の向こう側
後継者に技術や知識を残して逝った者たち。
新たな身体を得て蘇った者たち。
代わりの肉体を得て命を繋ぐ者たち。
子孫を残すことで続いていく者たち。
不老不死を得て時の流れから外れた僕の前を、多くの者が通り過ぎていった。
その一方で、冷凍睡眠装置の中で、時を止めて待つ者たちもいる。
彼らの記憶には、地球の様々な歴史が刷り込まれていた。
白鳥型宇宙船は人々の想いを載せて、宇宙の旅を続ける。
その腹部にある格納エリアには、アエテルヌムが求めるものが収められていた。
死をもたらす遺伝子に打ち勝ち、新たな生命を生み出す遺伝子をもつものたち。
人が住めない惑星から新天地を求めて旅立った【地球人】たちは、その多くがまだ凍結した卵子と精子のままだった。
アイオの話によれば、地球式の時間計算で約1年後に、惑星アエテルヌムに到着するらしい。
遂に、目的の地に辿り着けるんだ。
宇宙船アルビレオ号
艦長トオヤ・ユージアライトの日記より
氷点下に設定された室温に、吐く息が白くなる。
横向きにされた円筒形のカプセルが並ぶ場所を、トオヤはゆっくり歩いて見回った。
(みんな、もうすぐ起こしてあげられるよ)
浮かぶ微笑みは穏やかで、慈愛に満ちている。
地球を出る前の18歳の若者だった頃と容姿は変わらないが、トオヤの表情には永い時代を生きる者特有の知性と穏やかさが加わっていた。
冷凍睡眠室。
移民に選ばれた人々が、目的地に着くまで眠る場所。
部屋の奥は、棚に並べられた小さなカプセルが壁の大半を占めている。
凍結された卵子と精子。
人間や動物の元になるもの。
全ての生命が滅びた地球から、トオヤたちの祖先が必死で持ち出してコロニーで繋いだ【生命】だ。
小さなカプセルたちにも、トオヤは優しい笑みを向けた。
後方の扉が開く音がして、彼は振り返る。
そこには、出会ったときから姿が変わらぬ、美しい少年アイオがいた。
「彼らの誕生も、もうすぐですね」
「うん。この子たちに、地球がどんな星か教えたいな」
「地球の記憶を見せてあげるんですか?」
「そうだね。宇宙に浮かぶ瑠璃色の惑星を見せてあげたい」
「あれはとても美しいから、きっとみんな喜びますね」
まるで我が子の誕生を待つ父母のように、トオヤとアイオは優しく微笑む。
生まれる前に太陽系から遠い場所へ来てしまった彼らは、祖先が生まれた青い惑星を知らない。
トオヤは彼らが生まれたら、精神感応で自らの記憶に残る地球の姿を伝えようと思っている。
宇宙に浮かぶその惑星は、まるで瑠璃のように美しかったから。
宇宙船アルビレオ号、母星アエテルヌム帰還まで、あと8760時間。




