第28話:囚われた翼人たち
僕が敵を引き付けている頃、アイオは施設内に潜入して囚われた翼人の救出に向かっていた。
バリアなんか壊さなくても僕たちは瞬間移動で建物内に入る事が出来る。
僕がバリアを攻撃したり派手に破壊したりしていたのは、敵の注意をこちらに向ける為だ。
上手い具合に警備兵がこちらに集まってくれた。
通路までゾロゾロついてきて、あっさり閉じ込められてくれるとは予想外だったよ。
セキュリティが僕を攻撃しないからハッキングの可能性は考えたみたいだけど。
施設の管理AIが僕とアイオに完全掌握されてるなんて思ってもみなかったんだろうね。
僕はアイオが潜入している翼人収容エリアに近づかないように気を付けつつ、施設内を悠々と歩いて警備兵たちの相手をし続けた。
宇宙船アルビレオ号
艦長トオヤ・ユージアライトの日記より
「助けに来ました。今、麻痺を解きますよ」
個室のベッドの上に横たわる女性に、アイオは小声で話しかけながら中和剤を注射した。
吸血族の薬で麻痺させられていた女性は、ようやく身体の自由を取り戻す事が出来た。
「ありがとうございます。あなたはもしや白い鳥の宇宙船に乗ってきた方ですか?」
抱き起こされた女性は、アイオに翼が無い事から祖先と交流があった異星人だと気付いた。
身体を支えてもらう際に触れた胸に膨らみが無い事から、彼が男性だという事も。
女性は慌てて自分の胸と股間を手で隠した。
吸血族に衣服を奪われている彼女は全裸だった。
「そうです。とりあえず、これを着て下さいね」
ベッドに座って白い翼で身体を隠すようにしながら恥じらう女性に、アイオはアルビレオの乗組員が使う防寒用のフード付きマントを手渡した。
ポンチョタイプなので、体型や翼の有無に関係無く着用出来る。
先に保護したチアルムが全裸だったので、他の人も衣服が無い可能性を考えて用意してあり、アルビレオから転送した。
「これから貴女を脱出させます。村以外でどこか避難出来るところはご存知ですか?」
アイオは女性を望む場所へ転送するつもりで問いかけた。
「はい。首都の近くへ送ってもらえますか?」
「分かりました」
そうして1人目の転送を終えると、アイオは次の収容部屋へ向かった。
施設管理コンピューターから得た情報では、この施設には村から拉致された女性の約半数、25人が囚われている。
彼女らは自害出来ないように薬で麻痺させられ、衣服を奪われてベッドに横たえられていた。
「あの卵は吸血族のものです」
10人目の女性の部屋には、大きな黒い卵があった。
アイオに麻痺を解いてもらって抱き起こされた女性は、その卵を忌々しい物を見るように睨みながら言う。
「銃を貸してもらえますか? あれを壊さないと夫に顔向け出来ません」
震える声が少し低くなる。
女性が黒い卵を自らの手で破壊するつもりなのだと理解したアイオは、トオヤたちの短銃に似せて作った銃を女性に手渡した。
「これが安全装置解除ボタンです。設定は光エネルギー弾、威力は中くらいでいいでしょう」
説明を受けた後、女性は迷わず卵を狙い撃ち、破壊に成功した。
その手つきは、銃の扱いに慣れた者のようだった。
女性はアイオに銃を返した後、夫を亡くした悲しさと凌辱された悔しさでしばし嗚咽する。
アイオは彼女を慰めるために翼を撫でた後、希望する行き先を聞いて転送させた。
彼女が希望したのは、翼人の軍事施設。
この女性は退役軍人で、後に軍へ復帰して吸血族討伐隊に加わった。
25人の女性たちを安全な場所へ送った後、アイオは子供たちの救助に向かう。
村から持ち去られた7つの卵の残り6つ。
チアルムが脱出する前、檻の中にいたのは5人だったらしい。
その5人の子供たちは、1つの部屋にまとめて収容されている。
「採血の時間だ。準備しろ」
「はい」
部屋に入って来た黒い翼の男たちに命じられ、虚ろな表情の5人の子供たちが歩き出す。
隣の部屋へ歩いていった子供たちは、そこにある採血用のリクライニングシートに座った。
リクライニングシートの下には体重計が付属しており、男たちはそれを確認して採血量を設定していた。
採血作業をするのは男2人、子供たちの腕に管の付いた太い針を刺し、血を抜き取り始める。
「終わったぞ、部屋に戻れ」
「はい」
採血を済ませた男たちが器具をはずしながら言う。
子供たちは無表情で答えて、リクライニングシートから降りて元の部屋へと歩いてゆく。
貧血でフラフラしながら歩いている子もいた。
「あいつら、あまり体重が増えないな」
「もっと食わせた方がいいな。これじゃ採血量が増やせない」
作業を終えた男たちは血液が入った保存パックを箱に詰めながら、そんな話をしている。
部屋に戻った子供たちはそれぞれのベッドに向かい、そこへ横たわって目を閉じた。
「もう少し卵を買うか」
「そうだな、1つ無駄にしちまったし、追加注文しておこう」
採血器具を片付けようとしていた2人は、全身が麻痺して膝から崩れるように倒れた。
声も出せず動揺する彼等の身体がフワリと浮き上がり、先程まで子供たちが座っていたリクライニングシートに乗せられる。
片付けようとしていた採血器具、太い針が付いた管が勝手に動き出し、2人の腕の血管にブスリと刺さった。
機械が勝手に起動して、血が吸い取られ始める。
驚愕しながらも麻痺して指も動かせない男たちから、機械は延々と血を吸い取り続けた。
採血設定が最大値になっていた事を、彼等は知らない。
やがて大量出血と同じ状態となり、2人の意識は薄れていった。
天井裏に隠れていたアイオが、音も無く床に降り立つ。
彼は失血死した男たちを放置して、隣の部屋へ向かう。
子供たちはベッドの上で起き上がり、不思議そうに辺りを見回していた。
「刷り込みが解除されたんですね。みんな一緒に逃げましょう」
アイオが話しかけても、子供たちは首を傾げるだけ。
男たちの支配から解放されたものの、何も分からない様子だった。
そんな子供たちの口に、順番にチョコレートが放り込まれる。
翼人の体質と好みに調整された甘味。
それが余程美味しかったらしく、子供たちの表情が一気に変わった。
びっくりしたような、喜んでいるような。
「おいで。みんなでオヤツを食べましょう」
アイオは優しい笑みを浮かべて言う。
子供たちは一斉にアイオの周囲に寄り集まる。
アイオは5人の子供たちと共に、アルビレオに帰還した。




