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04 純真に、我武者羅に

この物語はフィクションです。

登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

気軽にお楽しみくださるとありがたいです。

「よ―し、んじゃ朝倉さんが来るまで勉強でもするか!」


 遠ざかる雄々しい足音の反射音が減灯する古い白熱灯と共に廊下から完全に遠ざかり、世俗から孤立し唯一夏の風物詩とも言える夏夜の虫の鳴き声が鉄の面格子の隙間を自由奔放にすり抜け薄明りに包まれた独舎房内を彩る。


 吉光寺が去ったあと、蝉の伴奏に合わせ協和音を奏で合う鈴虫とコオロギで躍らせられる心を抑え切れず鼻歌をこぼす受刑者263番は洗面台に向かい、手に塗ったハンドクリームを落とさないよう作業服の袖を水に濡らし軽く顔の汚れを落とす。

 その後、速やかに舎房衣に着替え軽く背筋を伸ばす彼は洗面台の向かいにある和式便器の横に置かれたトイレットペーパーと布団の下に隠した本を取り出しちゃぶ台の上の置き敬虔は姿勢で前に座る。


「先月お嬢からもらった新しい薄い本!以前頂いた本を読み終えるまではこれを読んじゃダメって念押しされたし。でも!昨日やっと読み終えたからな、開いていいよな。うん、いいはずだ。ええと …へっへぇ―、あっ、これひだひ、ひ…ひ…ひゃあ・うぇ・ゴー……スゥ…この発音であってるよな……」


 本とは保々無縁の生活を過ごす中、記憶に残っている数少ない本のイメージと比べて薄い本を持ち上げ、規定通りの受刑者髪形に切られた頭を掻きながら表紙に書かれた英文字のタイトルを片言で読み上げる263番。


「とにかく!今後、長らくご教授にお世話になりますが、よろしくお願いしますひゃあうぇゴー先生!」


 発音が間違っていると直感的に分かっているものの、それが単なる個人的な意見なのか定かな判別なのか確立してくれる者がいない為、加熱する脳内歯車が破損する前頬を両手で叩き、座礼をした後本の表紙を捲る。


「お?これは、ええと」


 すると見返し遊び一面ぎっしり貼られている付箋に気付き目を通す。


『恩人さんへ。まずこのようにお手紙を送る事になりまして申し訳ございません。毎年恩人さんに届いてたと思ったお手紙がお父さんの書斎で見つかりましたので。』


 綺麗と言うより額にハマった正しい気構えを感じられる筆力と口元を赤く染め、抜け落ちた前歯をヘラヘラと笑いながら見せてくれた記憶の中の7歳の女児との不揃いに小首を傾げる263番。


『これは私が中学1年の時使った英語の教科書です。恩人さんなら今頃去年お渡しした、まぁお父さんを通してですが、小6の英語教科書を読み終えていると思いこの本を送ります。ふりがなは全部書き込んでいるので読む事には支障はないはずです。』

「いや、そもそも英語って必よっ」

『そもそも英語って必要かって恩人さん今思ったでしょ』

「なっ?!」


 心読まれた感覚に鉄の面格子の間を探る263番。


『窓の方を見ても私はいませんよ?』

「ひっ!!」『ひひ』


 予言書の如き的中率で自分の言動を把握しているメッセージに一旦本を閉じて軽く深呼吸する263番。

 字面で忍び笑える立派な淑女と成長したなった過去の女児に寒気が背骨を走る。

 しかし、十年一昔と言う様に記憶の7歳の女児も他の人同様、色々な日々の中前ヘと進もうと渡世術を身に纏っただけであって、内から嗅ぎつけられる彼女の芯の真っ直ぐさは10年前も今も変わった様子は見受けられないと信じ切る263番は付箋の続きを読む。


『ふざけるのもここまでにして。残念ですが英語の必要性は10年たっても未だ、いえ、むしろ年々と増すだけで、せめて中学生レベルまでの語彙力を身に着けておいて下さい』


 読むに続き、少しずつ荒くなる字の筆圧。


『今は役に立たないでしょう。ですがいつか絶対、私が必ず』


 何回も消し書き直した跡に263番は刑務所から家族に送った最初の手紙と似て思わず口角を上げる。


(…お嬢は何を伝えたかったんですかね)


 10代の淑女の思考を収容歴10年の受刑者が理解できるなどラクダが針の穴を通すと等しい。それも看守長の愛娘なら尚更だ。

 しかし、彼女がどれだけ真意を隠そうと必死になろうとも、あの暴動から10年間、吉光寺父娘から受けた手厚い関心が受刑者に向ける一般的なそれとは段違いだと流石に自覚している263番には一つだけは確固たる信念がいた。


『今の無駄を価値有る物に咲かせますから』


 彼女もまたリンゴの木から落ちたリンゴ――吉光寺和功と同様、責任感の塊であると。

だが。


『とにかく、お体ご自愛し、勉学に勤しんで下さい。吉光寺(あきら)より』

「お嬢……」


 何故こうまでして自分に気を遣わせてくれているのだろうと毎晩もまた考え込む263番。

看守長の愛娘を助けたのは打算ではなかった。

 そんな贅沢、頭に入れる暇があったら日雇いバイトの一つや二つ増やす方がマシな生活をしていたから。

 やるべき事をやった。

 肩書きが何であれ、大人として子供の幸福に何らかの危機に瀕したら身を投じて守るのが普通だから。

 当たり前の事をして、礼ももうとっくに暴動の鎮静後、吉光寺家総出で頂いたのに――身内でもない、世間を騒がせた受刑者である赤の他人を何故未だ配慮してくれているのか263番は理解したい。

 理解し成長したら、一度でいいから貰いたい。

 世界一大切で最愛の家族からお礼を貰いたい。


「……よしゃ!やるぞ!」


 何もともあれ物事にも順序があり、目先の問題も解決できないなら27年先が思いやられる。

 そう頭の中で言い返し雑念を取り払う263番。


愛希良(あきら)も今年で高2になった。あと一年、最低でも義務教育までは終らせないと!いつまで恥ずかしい父でいるつもりだ、幸優(ゆきまさ)!!」


 決意を固め、首筋を軽くほぐす263番は見返し遊びを捲り本扉に書かれたタイトルの上に小さく書かれたフリガナを読み上げる。


「…ヒア・ウィー・ゴー……」


 直感的に分かっていた間違いが単なる個人的な意見で定かな判別ではなかったのを確立してくれる晃の優しさに一瞬頭の中で鐘の音が響くが、すぐに我に返りトイレットペーパーを一枚取りちゃぶ台の上へ置く。

 そして台の裏から刑務作業中コツコツと集めた破片を取り出し非利き手の前腕を刺し、赤く血で濡れた鋭い先でトイレットペーパーに字を書く。


頑張れ



段々と字数が減って来てちょっと自分に鞭を叩こうと思います。


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