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02 赤が沈み青が昇ると外灯は光りタバコが煙る

この物語はフィクションです。


登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


気軽にお楽しみくださるとありがたいです。


 朧げにほのめく視界が男の前に広がる。

 道しるべになり得る物の一つもない、初見の者には余りにも不親切極まりない曖昧な光景を前に男の胸は騒ぎ始めた。

 未知なる物へ対する恐怖心からの物ではなく、熟知した者が次にくるはずであろう景色への期待から出る鼓動の高鳴り。

 起床と共に今日の日付を確認しこの瞬間が来るのが待ち遠しいかった男は迷いなく前へと足を運ばせる。その喜々に弾む男の歩調が気に入ったのか、男の歩幅に合わせ彼を中心に周りが鮮明な色合いで徐々に染め始まる。

 まるで砕けたガラスビーズの様に散乱した色彩がこざっぱりと整頓され、辺りが段々と彰々たる形へとなっていくところ、初々しい幼少年の声と共に男の視界は彼も見覚えのあるリビングルームとお互い抱き合っている夫婦の姿で覆われる。


「どうしたの、父さん母さん?」

「ゆきちゃん」「幸優(ゆきまさ)


 ゆきちゃん

 幸優

 上から聞こえてくるうろ覚えとなった二つの声音で声を掛けられた男は混み上がる感情を飲み込み、自分の思考を目の前に広がる彼の幼き日の景色に委ねる。

 

「それなに?」


 虚ろな精神で若き夫婦に質問する幼少年。すると夫は妻の両手を広げ、彼女が握りしめていた妊娠検査薬を自身の手に持ち幼少年へと近づく。

 幼少年のあどけない面影から何かを探るように見つめて来る夫は探し物が見つかったか、検査薬を確かめるように一度見てから膝を曲げ視線を幼少年のと合わせる。


「これはそうだな、お前がお兄ちゃんになる証なんだ」

「お兄ちゃん?」「ああ」


 夫は幼少年を軽々と持ち上げ、いつの間にか隣にいた妻と共に優しさで包まれた抱擁で幼少年の心を覆う。


「お家に幸せが増えるって事だよ――」

「――…ばん……く…ぁんば……263番!!」「…んぉ?!」


 鉄同士がぶつかる音と共に敷地内を響き渡る威圧と威風が入り混じった号令に黄緑色の作業服を着た男はうたた寝から目を覚まし速やかに体の中心を取り戻す。

 残暑に不満を訴えかけているかの様に鳴り沈まない蝉の声。

 その悲痛の音を乗せ外塀の上をのらりくらりとたゆたう初秋の涼しい微風をと夕陽を浴びながら気を取り戻した男は手に持っていた工具を腰袋にしまい、非常に荒れた両手で自分の頬を叩く。


「何呆けてやがる?!落ちて死にてぇのか!?!」

「すみませんおやっさん!」

「ったくよ…早く仕上げて下りて来い!」「うっす!」


 警棒を片手に建設中の木造建築物の屋根に上っている作業服の男を監視している40代後半の威厳のある体格をした刑務官を少し離れた建物の玄関前で見守る二人の看守。


「吉光寺さん、今日もキレッキレだな~」

「朝倉先輩、あれ大丈夫なんですか?看守長におやっさんって、下りたら絶対可愛がられますね」

「そうだな~そういや今日はあの日だからな、めいっぱい可愛がられるんだろうな~」

「…ええと先輩、俺ら同じ看守長の事話してますよね?」


 まるで映画の小道具と化した警棒を軽率に手に持って肩を叩く朝倉看守は最低基準の責任感しか残ってない上滑りな口調で後輩看守の問いに答える。


「?おうよ。上席統括矯正処遇官の吉光寺(きっこうじ)和功(かずのり)看守長よ。あ、そういや平塚、お前ってつい最近こっちに赴任した奴だったな。それじゃあの受刑者と吉光寺さんとの関係を知らないのも当然か」

「関係ですか?ただの刑務官と囚人じゃないですか」


 チッチッチッと指を振り後輩看守の平塚の純粋な疑問に揚々となる朝倉は見せびらかしに警棒をしまい平塚の肩に手を乗せ吉光寺を見る。


「お前は俺ら一般職がするべき仕事をただ『浮いた時間は有効的に使うべきだ』って言いながら代わりにする管理職の人と囚人の仲がただの仲だと思うか?まだまだだな、お前は~……ふむ、あっちは仕上げるのにちょっと時間かかりそうだからそれまでに少し歴史授業でもしてやろう」

 

 鉄はしごを登ろうとする吉光寺に身振り手振りと彼を止めようとする受刑者263番。

 そんな彼らを見る朝倉は愉快な忍び笑いをし、玄関アプローチ階段に座り込み地面を軽くトントンと踏む。


「吉光寺さん、ここの刑務所に努めて結構長いってのは知ってるよな」「はい」


 立派な擬洋風建築の処遇本部を中心に北、東、西の方向に拡がった獄舎とそれら全て部屋の窓に分厚い鉄の面格子を付けた舎房。

 その舎房の入り口から煉瓦造り建築の表門まで続く、人肌の大切さを感じさせる中庭兼車道とその両側を並列する養生シートで区分けされた広い空き地。

 そしてこれら全てを社会から断絶する役目を充実に果たしている、手入れが行き届き歳月の重ねが霞んで見えるコンクリート製の外塀で囲われた刑務所で少なくない時間を費やした朝倉は日が沈み、余光で赤と青に染まる夕空に向けて軽いため息を吐きと共に話を語り始める。


「当時の吉光寺さん副看守長に昇任寸前だったせいか結構ピリピリしてたんだ」

「今よりですか?」「そうそう」

「元々THE原理主義者って感じだったけど昇任の話もあって主義を通り越して執行者に進化してたんだ」

「執行者ですか?」

 

 赤色が抜け、深藍色に塗り替えた空に合わせ自動的に光り出す玄関外灯を背に長く伸びた自分の影で遊ぶ朝倉。


「ほらよく言うじゃん。民衆の血税で受刑者に普通の生活を提供するなんて国家予算の浪費だ~とか。あんな連中に税金使うんだったら政治家の懐に入るのがマシだ~とか。ま、後者は知らんけど、前者はまさに吉光寺さんの信念ってわけさ」「へぇ」


 自由奔放に動き回る朝倉とは対照的に配置を維持していた平塚は朝倉の口調から話が長くなるのを直感し、彼もまた朝倉と同様に階段へ座る。


「それで『罪人に安息は贅沢だ』を口癖に言いながら受刑者達を懲らしめてたんだ。あ、勘違いすんなよ?殴ったりはしてない。ただ過重労働を反しないギリギリなところまで一秒たりとも休ませず非生産的な労働を非効率的に働かせてたんだ。それはもう、馬車馬を羨ましいって思えるくらいにな」

「矯正どこ行ったんすか」「それな」

 

 適切な相槌で生存報告をする平塚。


「そんなヒリヒリ感MAX刑務官生活の中、263番が入って来たんだ」

「なるほど。そういや確か263番って例の」

「ああ…しかも吉光寺さんって例の事件の被害者達と同じ年ごろの娘さんがいるでしょ」

「そういやそうでしたね。それがどうしたんですか?」


 話の主役が揃ったことに、その主役達の様子を探る二人の看守。見たところ、携帯のライトをつけ受刑者263番が鉄はしごを降りるのを手助けする吉光寺に理由のない安堵感に心を浸し話に戻る。


「ふぅ~…ちょっと話そらすけどあの263番のあの目、お前はどう見える?」

「そうですね、受刑者にしては…生き生きしてますね。目だけじゃなく性格もこう…活発してて、珍しくポジティブな性格の受刑者です」


 平塚の答えを聞きながら内ポケットからタバコを取り出し口に咥え火をつけようとする朝倉。


「傍から見りゃ吉光寺さんに特別扱いされてあの目になったって思えるかも知らんが、それがそうでもないだ」


 ガス切れなのかヤスリとフリントがこすり合う音しか出さないライターにイラつき始めようとしたその時横から火がついたマッチを見せ先輩が咥えたタバコに火をつける平塚。


「10年前、バスから降りてきた時からずっとあの目だよ。起床時から矯正処遇、飯を食う時から消灯時間までず~っと、な」


 平塚の気配りに満足した朝倉はニッと口角を上げタバコ箱からタバコ1本を平塚にあげる。


「頭イカれてますね、それは」


 すると平塚は軽く会釈し朝倉から貰ったタバコを吸い始める。


「看守相手でも他の受刑者相手でもあの目でよ、お前が言う通り頭イカれた奴だと皆思ったわ。それでかカモになるのは必然的だった」

「そういや263番って大人しいのにこの刑務所の中で唯一独房に入ってたのって前から気になってたんですけど、それってカモになったのと関係あるんですか?」

「急かすな、急かすな~。今入る所だよ」


 タバコを一服吸い、煙を口に銜えながら穏やかに燃え灰に化すきざみをボーっと凝視する朝倉は口を開き、銜えた煙を無抵抗で逃す。


「さっき吉光寺さんって263番の件の被害者達と同じ年ごろの娘さんがいるって言ったよな」

「はい」

「想像してみな?自分に娘がいるとして、同じ年ごろの子供たちにあんな事しでかした奴が目の前でヘラヘラと笑いながら活発に生きてたらお前、正気でいられるか?」

「…自信ないですね」「だろ?」


 明らかに表情が固着し肩が萎縮した平塚と比べ未だ一度も変わらない顔色を浮かべる朝倉。

 平行するこの二つの気色で生じた瞬きの沈黙の後、朝倉はタバコの灰を弾き落としまだ吸い残しがあるタバコを地面へ捨てその上に唾を吐き踏み潰す。


「娘さんが重なって見えたんだろう」


 朝倉はそう言いながら手を膝に乗せ立ち上がり軽く屈伸し、尻に付いた砂ぼこりを叩き落とす。


「……殴った…と?」

「それだと私情が入るからって」


 首を横に振り警棒を取り出し、虚構の存在が実在するかの様に風を切る音が出るほど荒々しく警棒を地面へと振り回す朝倉。

 そんな朝倉を座ったまま見上げる平塚は263番の話の冒頭から噛み合わなかった感性で感じた違和感の正体に気付く。

 朝倉は言っていた、歴史授業だと。

 過去からの出来事に感性を浸らして主観的な歪曲が無意識に施される昔話ではなく、至極客観的に、無味無臭と化した発端、成り行き、結論がつづられた過去の記録を現在の者へと淡白に語り渡す歴史。


「まっ、必要以上の力での制圧に私情の皆無はあり得ないだろうがな。原理主義者であり執行者でもあるあの吉光寺さんも結局一人の人間だったってわけよ。」

 

 帽子を脱ぎ汗ばんだ髪を直し、看守としての最低限の身だしなみを整え直す朝倉。


「で、これが火打ち石だったんだ」

「どう言う事ですか?」

「他の受刑者達に見られて――」

「くっちゃべる暇あんなら点検と夜勤の準備にでも行ったらどうだ朝倉、平塚」

「「吉光寺看守長!!」」


 いつの間に片づけを終えた受刑者を連れ朝倉と平塚の前に現れた吉光寺はその体格に劣らない威圧感そのものとも言える程の目線を二人の看守に送り、右手を帽子の日差しに当てたまま固まった彼らを瞬時に舎房の中へと蹴散らす。


「お前もさっさと歩け263番」

「うっすおやっさん」


 そう言った吉光寺は朝倉が地面に捨てた吸い残しのタバコを拾う、チリとおがくず塗れの263番を連れ、先に入っていた朝倉と平塚の跡を追い舎房の中へと入る。


週一投稿を目標で書いていくつもりです。

何卒健康な避難、宜しくお願い致します。


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