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戦場のワルツ  作者: 暁天花
Ep.Ⅰ
8/54

    西部戦線異状なし 4/5

 淡い躑躅(つつじ)色にひかめく剣を片手に、レイトは地面の近くを超高速で翔け抜ける。魔力容量の豊富なレイトだからこそできる、光の翼による超高速移動。横切りざまに、中戦車型(シェーヴル)のターレットリングを斬り裂いた。後方で、爆炎が咲いているのを肌で感じる。


「残りの中戦車型(シェーヴル)は任せた! 重戦車型(モンストル)はおれがやる!」

『了解!』


 短く、一方的に指示を飛ばすと、レイトは再び眼前の敵へと意識を戻す。

 この辺りはメインストリートらしい。幅の広い車道のお陰で、重戦車型(モンストル)は楔形隊形で迎え打ってきていた。……少し厄介だな。


 発見と同時に斉射された幾多の機銃掃射と三発の砲弾を掻い潜り、まずは最前中央の重戦車型(モンストル)へと肉薄する。激突の寸前で急上昇し、すぐに急降下。その勢いのまま、砲塔に剣を突き刺した。いくら装甲が厚くとも、魔力付与(エンチャント)された剣を直接当てれば関係ない。そのまま砲塔後部まで斬り裂き、空いた穴にフェールノートの銃弾を叩き込む。


 自爆の爆炎が車輛を包み込むが、その時にはもう既に離脱して別の車輛へと移っている。通りざまに砲塔を側面から両断。爆煙を上げるのには目もやらず、レイトは次の獲物へと注意を向ける。

 三両目に取り付こうとしたところで、後方から機銃と主砲の斉射を受けた。急上昇し、回避。避けられた主砲弾は仲間の車体側面を貫徹し、弾薬庫をやられたらしいその重戦車型(モンストル)は激しい爆発を引き起こした。


 それに背を向け、センサの作動しないうちに誤射した重戦車型(モンストル)を正面から両断。後方で、またも弾薬庫の誘爆が起きる。間髪入れずに飛んできた斬撃兵装を剣で切り結んで、後方へと受け流す。再び、突撃。

 軽機関銃が掠りはしたものの、何とか取り付くことに成功した。


「もう、誰も────!」


 誰も、殺らせはするもんか!

 思わず、胸中に渦巻いていた激情が口から(ほとばし)る。それとは裏腹に、レイトの思考は冴え切っていた。


 逆手持ちの剣で、機関部を刺突。素早く持ち替えて斬り上げる。離脱と同時に切り口へと銃弾を撃ち込み、着弾。最後の一輌も自爆した。





 残存部隊が後退し始めたのを確認して、戦隊員達は、はぁと一息をつく。〈ディヴァース〉の機甲部隊は、一定の損害を受けると撤退を開始する。被害の大きい部隊をそのまま突撃させるのは、感情的で愚劣な指揮官がやることだからだ。


 彼らには感情も痛覚もないから、時には誤射すらも厭わずに攻撃を加えてくる。だが、それ故に一度撤退を始めれば速やかに戦域を離脱してくれるのだ。相手をするセイ達義勇戦隊にとっては、唯一、ありがたい性質である。


 大破し擱座する重戦車型(モンストル)の残骸を背に、レイトは努めて事務的な声で指示を飛ばす。


『敵の撤退を確認。現時刻をもって迎撃作戦を終了する。……みんな、物陰に隠れて』

『え?』


 戦隊員達が無言の了解を返す中、司令官の少女だけが間の抜けた声を上げた。

 レイトがあからさまに苛立つ。


砲兵型(アエロリット)の支援射撃が来るんですよ。そんなんも分かんないんですか、あんたは』

『っ……。……すみません』


 消沈して謝罪の言葉を口にする司令官の少女を、この時ばかりは少し不憫に思った。確かに、駐屯基地にいる彼女にしてみれば、今の言葉は意味が分からなかっただろう。


 同時に、セイは少し感心して彼女に興味を持った。

 〈ディヴァース〉共はまだ、明確な撤退行動を取っていない。つまり、戦闘終了後に繋ぎ直すにしてはどう見ても早すぎるのだ。

 なのに、今の通信を彼女は聴いていた。恐らく、この司令官の少女は戦闘中も通信を繋いでいたのだろう。銃声と砲聲(ほうせい)が鳴り響き、悪態と爆発音が時々交じる、苛酷な戦場の音声を。


 セイは、彼女をたまたま異人種(ディファリア)動物園に遊びに来た、いつもの司令官(ヤツ)だと思っていた。だが、それはどうやら違ったらしい。一瞬、脳裏に深い海色の双眸がちらついた。




 砲兵型(アエロリット)の支援砲撃が強まってきた。物陰に隠れながら、セイは〈ディヴァース〉共が本格的な撤退を始めたのだと悟る。

 通信は着弾音が煩いので、今は全員がオフだ。

 ぽつりと、セイは呟く。


「……相変わらず凄いねぇ、レイトは」


 昨日の戦闘でも見はしたが。やはり、三年前のそれよりも遥かに磨きがかかっているなと、セイは重戦車型(モンストル)の残骸を遠目に見て実感する。

 本来、重戦車型(モンストル)は一輌につき数十人が対応して、ようやく対等に渡り合える存在なのだ。それを、こうも簡単に単騎で屠るとは。


 銃弾と砲聲(ほうせい)の飛び交う硝煙の戦場で、一人剣を振るう姿は、赤い光翼も相まってさながら悪魔のようにも見える。

 まるで、迫り来る弾丸の射線が全て()えているかのような、軽快な身のこなし。経験と才能に裏打ちされた、圧倒的な戦闘の技量。


 この西部戦線に──どころか、全ての戦線を探したとて、レイトに匹敵するような異人種(ディファリア)は見つからないだろう。そう確信できるほどに、今のレイトは強い。

 だが。


 同時に、危うさもセイは感じている。仲間を喪い続けた結果、今のレイトは色んなものを背負い過ぎているのだ。壊れかけた心を、今のレイトは天青種(セレリア)と〈ディヴァース〉を憎むことによって保っている。別に、恨みを持つこと自体は構わないのだ。異人種ならば、誰しもが多少は持っているものだから。


 だけど。今のレイトには、もう憎悪(それ)しか残っていない。久々に会ってセイは確信した。


「それだけじゃあダメだって、どっかで気づいてくれりゃあいいんだが……」


 通信を切った状態で、セイはぽつりと言葉を漏らす。

 あの真紅の少年は最強の剣であると同時に、いつ壊れてもおかしくない薄氷の剣でもあるのだ。

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