西部戦線異状なし 4/5
淡い躑躅色にひかめく剣を片手に、レイトは地面の近くを超高速で翔け抜ける。魔力容量の豊富なレイトだからこそできる、光の翼による超高速移動。横切りざまに、中戦車型のターレットリングを斬り裂いた。後方で、爆炎が咲いているのを肌で感じる。
「残りの中戦車型は任せた! 重戦車型はおれがやる!」
『了解!』
短く、一方的に指示を飛ばすと、レイトは再び眼前の敵へと意識を戻す。
この辺りはメインストリートらしい。幅の広い車道のお陰で、重戦車型は楔形隊形で迎え打ってきていた。……少し厄介だな。
発見と同時に斉射された幾多の機銃掃射と三発の砲弾を掻い潜り、まずは最前中央の重戦車型へと肉薄する。激突の寸前で急上昇し、すぐに急降下。その勢いのまま、砲塔に剣を突き刺した。いくら装甲が厚くとも、魔力付与された剣を直接当てれば関係ない。そのまま砲塔後部まで斬り裂き、空いた穴にフェールノートの銃弾を叩き込む。
自爆の爆炎が車輛を包み込むが、その時にはもう既に離脱して別の車輛へと移っている。通りざまに砲塔を側面から両断。爆煙を上げるのには目もやらず、レイトは次の獲物へと注意を向ける。
三両目に取り付こうとしたところで、後方から機銃と主砲の斉射を受けた。急上昇し、回避。避けられた主砲弾は仲間の車体側面を貫徹し、弾薬庫をやられたらしいその重戦車型は激しい爆発を引き起こした。
それに背を向け、センサの作動しないうちに誤射した重戦車型を正面から両断。後方で、またも弾薬庫の誘爆が起きる。間髪入れずに飛んできた斬撃兵装を剣で切り結んで、後方へと受け流す。再び、突撃。
軽機関銃が掠りはしたものの、何とか取り付くことに成功した。
「もう、誰も────!」
誰も、殺らせはするもんか!
思わず、胸中に渦巻いていた激情が口から迸る。それとは裏腹に、レイトの思考は冴え切っていた。
逆手持ちの剣で、機関部を刺突。素早く持ち替えて斬り上げる。離脱と同時に切り口へと銃弾を撃ち込み、着弾。最後の一輌も自爆した。
残存部隊が後退し始めたのを確認して、戦隊員達は、はぁと一息をつく。〈ディヴァース〉の機甲部隊は、一定の損害を受けると撤退を開始する。被害の大きい部隊をそのまま突撃させるのは、感情的で愚劣な指揮官がやることだからだ。
彼らには感情も痛覚もないから、時には誤射すらも厭わずに攻撃を加えてくる。だが、それ故に一度撤退を始めれば速やかに戦域を離脱してくれるのだ。相手をするセイ達義勇戦隊にとっては、唯一、ありがたい性質である。
大破し擱座する重戦車型の残骸を背に、レイトは努めて事務的な声で指示を飛ばす。
『敵の撤退を確認。現時刻をもって迎撃作戦を終了する。……みんな、物陰に隠れて』
『え?』
戦隊員達が無言の了解を返す中、司令官の少女だけが間の抜けた声を上げた。
レイトがあからさまに苛立つ。
『砲兵型の支援射撃が来るんですよ。そんなんも分かんないんですか、あんたは』
『っ……。……すみません』
消沈して謝罪の言葉を口にする司令官の少女を、この時ばかりは少し不憫に思った。確かに、駐屯基地にいる彼女にしてみれば、今の言葉は意味が分からなかっただろう。
同時に、セイは少し感心して彼女に興味を持った。
〈ディヴァース〉共はまだ、明確な撤退行動を取っていない。つまり、戦闘終了後に繋ぎ直すにしてはどう見ても早すぎるのだ。
なのに、今の通信を彼女は聴いていた。恐らく、この司令官の少女は戦闘中も通信を繋いでいたのだろう。銃声と砲聲が鳴り響き、悪態と爆発音が時々交じる、苛酷な戦場の音声を。
セイは、彼女をたまたま異人種動物園に遊びに来た、いつもの司令官だと思っていた。だが、それはどうやら違ったらしい。一瞬、脳裏に深い海色の双眸がちらついた。
砲兵型の支援砲撃が強まってきた。物陰に隠れながら、セイは〈ディヴァース〉共が本格的な撤退を始めたのだと悟る。
通信は着弾音が煩いので、今は全員がオフだ。
ぽつりと、セイは呟く。
「……相変わらず凄いねぇ、レイトは」
昨日の戦闘でも見はしたが。やはり、三年前のそれよりも遥かに磨きがかかっているなと、セイは重戦車型の残骸を遠目に見て実感する。
本来、重戦車型は一輌につき数十人が対応して、ようやく対等に渡り合える存在なのだ。それを、こうも簡単に単騎で屠るとは。
銃弾と砲聲の飛び交う硝煙の戦場で、一人剣を振るう姿は、赤い光翼も相まってさながら悪魔のようにも見える。
まるで、迫り来る弾丸の射線が全て視えているかのような、軽快な身のこなし。経験と才能に裏打ちされた、圧倒的な戦闘の技量。
この西部戦線に──どころか、全ての戦線を探したとて、レイトに匹敵するような異人種は見つからないだろう。そう確信できるほどに、今のレイトは強い。
だが。
同時に、危うさもセイは感じている。仲間を喪い続けた結果、今のレイトは色んなものを背負い過ぎているのだ。壊れかけた心を、今のレイトは天青種と〈ディヴァース〉を憎むことによって保っている。別に、恨みを持つこと自体は構わないのだ。異人種ならば、誰しもが多少は持っているものだから。
だけど。今のレイトには、もう憎悪しか残っていない。久々に会ってセイは確信した。
「それだけじゃあダメだって、どっかで気づいてくれりゃあいいんだが……」
通信を切った状態で、セイはぽつりと言葉を漏らす。
あの真紅の少年は最強の剣であると同時に、いつ壊れてもおかしくない薄氷の剣でもあるのだ。