西部戦線異状なし 3/5
放棄された都市の一角。それが、今回迎撃地点にレイトが選んだ場所だ。比較的楽に高所を取りやすく、身を隠せる障害物も多い。その上敵の戦力を分断しやすく、〈ディヴァース〉が主力とする戦車群には不利な市街地戦を強要できる。真っ直ぐに伸びる車道も、こちらの有利に働くものだ。
機銃に掠ることすら許されない義勇戦隊にとっては、最も戦闘がやりやすくて、有利に働く場所。
どうやら、昨日の哨戒である程度使えそうな場所は把握していたらしい。この三年で随分成長したなと、セイは感嘆を禁じ得ない。
『そろそろ迎撃地点に着く。全員、持ち場に着いたら一旦魔術を切って待機。おれの合図で射撃を開始してくれ。その後の指揮はセイ、お前に頼んだ』
「了解」
当然のように指揮を任されるのを、セイは何の疑念も抱くことなく承諾する。彼のとる戦術では、指揮をする余裕がないからだ。
「……レイト、お前その戦術は昔から変わんねぇよな」
待機時間、セイは面白半分でそんなことを呟く。
『……うるさいな』
あからさまに不快げな声が帰ってきた。
『え、これそんな昔からしてたの』
「少なくとも、三年前の時点ではもうしてたぜ?」
鼻を鳴らしてセイが答える。ええっと、ラウとアリスの驚愕の声が重なった。
『それでよく今まで生きてきたわね……』
アリスがぽつりと言葉を漏らす。それについてはセイも同感だ。黙りこくっているシャノンも、自分らと同じ感想だろう。
この三年間、レイトも他の皆と同じく、何度も所属する部隊の全滅を経験してきたはずだ。なのに、最も危険な戦術をとるレイトだけが、何故か生き続けている。三年前は、誰もが最初に死ぬだろうと思っていたのに、だ。
恐らく、彼には戦闘に関して天賦の才があるのだろうなとセイは思う。こんな時代でなければ、救国の英雄にもなり得ただろう、圧倒的な戦闘の素質が。
ガっと、突然通信機に雑音が入った。思わず、全員の意識がそちらに向けられる。
『…………すみません、遅れました』
聞こえてきたのは、初めて聴いた少女の可憐な声。通信内の空気が、一気に氷点下を振り切る。
『現場には間に合わないと判断したので、基地からの通信になります。敵接近の報せは既に知っていると思いますので、早速対応を…………』
『……なんですか、あなたは』
彼女の言葉を遮って、戦隊長──レイトは、警戒心もあらわに当然の疑問を口にした。
あ、と一言置かれて帰ってきたのは、誰もが心の片隅で確信していたものだ。
『本日よりこの戦隊の指揮を担当することになりました。皆さん、よろしくお願いしますね』
『………………』
息苦しくなるほどに冷え切った、無限にも思える程の静寂の時間が続く。ややあって、レイトが不快感を極力抑えた口調で言葉を紡いだ。
『戦隊長の真紅です。本日はよろしくお願いします』
『はい。よろしくお願いします。……では、改めて対応作戦を執りたいと思うのですが……』
『既にインヴァレスの旧第八市街地にて迎撃態勢を完了してます。なので、そちらの指揮は不要です』
『……流石、です。早いですね、スカーレット』
本気で感嘆しているらしい司令官に、セイは声を殺して苦笑する。
この戦隊に所属しているのは、全員が個人呼出符号の持ち主だ。
本来、大多数の義勇戦隊員は、部隊名と数字を組み合わせた符号で呼称される。だが、生存率の極めて低い義勇戦隊の戦場で、一年以上を戦い生き残った者には特別な異名が──個人呼出符号が名付けられるのだ。
それらの持ち主は、悪魔や戦鬼と畏怖されると同時に、一般兵からは尊敬と信頼の対象になる。戦場を支配し、自分達を救ってくれる英雄として。
この戦隊は、全員が西部戦線で三年以上を戦い続けてきた最精鋭の集まりだ。今更、司令官の指揮などは必要ない。
『……! みなさん、来ます!』
一人、黙々と車道にスコープを向けて監視していたシャノンが、不意に声を上げた。
一転、戦隊員の空気が戦場の雰囲気に凍てつく。
見えてきたのは、楔形隊形で市街地を進撃する、白銅色の装甲に身を包んだ戦車の群れだ。
〈ディヴァース〉の、人類をここまで追い詰めた機甲部隊。ある程度の知能を有し、人間のみを殺戮する純白の軍団。
先頭を突き進むのは、昆虫のような四基の脚に飛行能力を持つスラスターを備え、触覚のような軽機関銃を二挺前方に突き出した、主に偵察を行う豆戦車型。
その後方に続くのは、八五ミリの長砲身砲を砲塔に収め、その同軸と上部に合計三挺の重機関銃を構える中戦車型だ。
更に奥には、全身を堅固な傾斜装甲で身を包み、長砲身の百二十ミリ砲を携えた重戦車型が見える。重軽合わせて七挺にも及ぶ機関銃に、斬撃兵装ポッドを左右に備える厄介な存在だ。その上、こいつに関しては、上面以外にフェールノートが貫徹できる箇所がない。
「……指揮官機はやっぱりいねぇみたいだな」
『らしいね』
セイの呟きに、レイトが素っ気なく応じる。
「なら、楽だ」
沈黙。〈ディヴァース〉の行軍が眼下の車道を通り過ぎていくのを、各員は固唾を呑んで見つめる。豆戦車型が通り過ぎ、射線上に中戦車型が通りかかったところで──
『撃て』
戦隊長の指揮が下った。
一斉にフェールノートの銃声が炸裂。着弾。
不意打ちの射撃を側面から叩き込まれ、中戦車型の大群は一瞬にして十数輌を喪失。撃破された車輌が、次々に爆炎と轟音を上げて擱座する。
〈ディヴァース〉の車輛は、機密保持のために大破と同時に自爆するのだ。
その間にも、セイ達は幾度も射撃位置を変えては中戦車型の側背面へと銃弾を叩き込む。視界の端で、事態を把握したらしい豆戦車型と重戦車型が動き出した。
『セイ、あとは任せた!』
レイトが叫んで言い置くと。直後、単騎で〈ディヴァース〉軍の眼前へと飛び出した。
『スカーレット!? いったい何を……!?』
『わかんないなら黙ってて下さい! 気が散る!』
『っ…………!?』
有無を言わせぬ、圧倒的な気迫。
発される殺気に気圧されてか、以降、司令官の少女は黙り込んでしまった。
レイトの背には、いつの間にか光の翼が現れていた。鮮やかな赤に煌めく、悪魔のような。
そのまま、常人にはありえない速度で眼下の中戦車型へと肉薄し、魔力付与で躑躅色に光る剣を振り下ろす。爆発する中戦車型を背に、レイトは重戦車型のいる車道の奥へと疾走していった。
『……!』
通信の向こうで、司令官が絶句し息を飲んでいるのが聞こえる。どうやら、この戦況は見えているらしい。司令官室にはレーダースクリーンでもあるのだろうか? 思考の片隅で、そんな疑問がよぎった。
だが、今は余計なことを考える暇はない。セイは再び思考を目の前の戦場へと戻す。
豆戦車型は、脚のスラスターを吹かして空へと飛び立ち始めている。中戦車型も、最初の混乱から立て直しを始めているようだ。
レイトの突撃を尻目に、セイは安全な第一フェーズが終わったことを悟る。奇襲による一方的な射撃はもう期待できない、となると。
大きく息を吸って、吐いた。聞き漏らしがないよう、通信機に向かってセイは大声で怒鳴る。
「俺が中戦車型と豆戦車型の注意を引きつける! ラウ、援護は頼んだ!」
『りょーかい』
『こちらアリス。孤立した豆戦車型と中戦車型は私がなんとかする!』
「了解。頼んだ!」
『シャノンはレイトの援護に回ります……!』
「了解」
やはり、長いこと戦場を生き抜いてきただけはある。指揮などなくとも、彼らは独自に的確な行動を行えるのだ。刹那、信頼の笑みがセイの顔に浮かぶ。
その表情もすぐに消え失せ、セイは真剣な眼差しで魔力付与を銃の先につけた剣へとかける。淡い躑躅色に光るのを確認してから、セイも敵の直上へと躍り出た。
途端、レイトに集中していた火線の半分がこちらへ振り向けられる。が、それは計算通りだ。
羽のような形状の斬撃兵装を展開し、機銃を構えながら突撃してくる豆戦車型を見据えながら、眼下の中戦車型へと銃弾を撃ち込む。
貫徹。爆発。
発される炎と煙で視界を遮られるが、それは相手も同じだ。熱源探査式のセンサを使用する〈ディヴァース〉には、爆煙の向こうにいるセイを捉えられない。
銃剣を突き立て、突撃。スラスターを吹かせて滞空する豆戦車型を、すれ違いざまに斬り裂いた。急降下して、慌てて機関銃を乱射するもう一輌の下へと回り込む。発砲。
攻撃を受けた二機の豆戦車型が、空中に鮮やかな朱の爆炎を咲かせた。
残る数輌の豆戦車型がこちらへと向き直る頃には、支援に来たラウとアリスが上空から銃弾を叩き込んで沈黙させている。
そして、彼らの更に上空では。シャノンが移動を繰り返しながらテンペストを撃ち放っていた。
重戦車型の方へと集結しつつある〈ディヴァース〉の車輛群を、シャノンは正確無比の照準をもって次々と撃破していく。
本来彼女に振り向けられるはずの機銃は、全て、低空を翔ぶレイトに向けられていた。