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戦場のワルツ  作者: 暁天花
Ep.Ⅰ
44/54

    レイト 3/7

 レイト達の侵攻に気づいたらしい〈ディヴァース〉達が続々と起動していく。眼下の純白が次々に蠢いていく。その中を、レイト達は全速力で駆け抜けていた。


 既にレイトとセイ達の間にはかなりの間が開いており、これはレイトの速力が突出して高いことに起因するものだ。一刻も早く司令官機を撃破しなければならない以上、背後からの援護などに気を遣ってはいられない。



「【タスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ】」

「【シニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイ】」



 起動した重戦車型(モンストル)達の叫喚が次々と脳に響いてくる。下方向から投擲される斬撃兵装を切り飛ばしながら、レイトは尚も進撃の速度を緩めない。切り込み役であるレイトにとって、基地外輪の部隊にあたる重戦車型(モンストル)は相手するに値しない。目標はただ一つ、この基地の中枢に存在する司令官機だ。


 眼下から穿たれる砲弾と銃弾を圧倒的な速度で振り切って、レイトは更に基地の深奥へと突撃する。いつしか眼下の市街地は無くなって、代わりにあるのは、〈ディヴァース〉の整備と生産を行っているらしい工場群だ。開いたシャッターの隙間からは、生産途中の豆戦車型(セールヴォラン)が見える。


 奥へ、奥へと進撃していって、展開している部隊は次第に疎らになっていく。特攻してくる豆戦車型(セールヴォラン)を斬り伏せ、更に奥へと進んだ先、レイトは大きな円形状の広場に出た。


 そこだけ降り積もる雪は吹き飛ばされていて、地面のコンクリートは不自然なまでに露わになっている。円形に描かれた謎の幾何学模様も相まって、そこはまるで何かの儀式場のようだった。


 そして、その広場の中央で。彼は、空に浮く純白の異形を見た。


「な、なんだよあれ…………!?」


 レイトは愕然として目を見開く。


 彼の眼前に現れたのは、全高十メートルはあろうかという一機の機体。堅牢そうな純白の装甲を全身に鎧い、その本体から伸びる四肢状のアームには、それぞれ一門の砲身が伸びた砲塔が携えられている。見たところ、これらに積載されている砲は中戦車型(シェーヴル)のものと同等のものか。

 三角形状に構成された砲塔には、中央に見たこともない大きさの主砲が携えられていた。その左右には副砲が、そして上部には五挺の機関銃が連なっていて、どこか山嵐のような印象を抱かせる。砲塔後部には、幾つもの斬撃兵装が重なって見えた。

 本体正面には二挺の機銃が取り付けられており、恐らく、左右にもこれは同じ構造なのだろう。

 下部には巨大なスラスターが備え付けられていて、それがいかにも鈍重そうな巨躯を宙空へと浮かばせていた。どこか甲殻類を彷彿とさせる異形の、悪魔のような純白の機体。


 ただ、ひたすらに異形の敵を、レイトは何と形容すれば良いのか分からない。──多砲塔型。強いて言うなら、そうだろうか。

 初めて見る機体に唖然としていると、こちらを認識したらしい多砲塔型は、五門の砲と総計七挺の機銃を一斉にレイトへと向けてきた。


「っ……!?」


 気付くのと同時、咄嗟にその場を離脱し、急上昇。刹那、レイトの元いた場所にはそれらの斉射が通り過ぎる。

 外れた機関銃弾は虚空に消え去り、砲弾は市街地へと着弾しては大爆音を響かせる。見ると、廃墟の市街地だった一角は瞬く間に瓦礫へと姿を変えていた。威力から推定するに、多砲塔型の主砲はどうやら砲兵型(アエロリット)と同じ一五五ミリ砲らしい。生身の人間にとっては、数十メートルの至近弾ですら致命傷になりうる、厄介な兵装。


 慄然とする心とは対照的に、レイトの頭は酷く冴えていた。幾重にも渡って繰り出される機関銃の弾雨の中を、レイトは光翼を全開にして潜り抜ける。そのまま側面へと回り込んで──二挺の機銃とアームの砲塔が閃くのが見えてやむなく上方へと急速離脱。背後に弾丸が撒き散らされているのを傍目に、レイトはクラレントを納めて、背負っていたフェールノートへと持ち替えた。左右機銃からは死角で、尚且つ後部機銃と砲塔上面の機銃も旋回が間に合わない一瞬の隙を突いて、車体後部のラジエーター部分へと銃弾を穿つ。


 撃発。──着弾。


「よし……!」


 何とか射撃に成功し、安堵したのも束の間、爆炎の後に見えてきたのは、微かにへこんだ装甲だけだった。


「……!? まじかよ…………!?」


 思わず、毒突く。普通、ラジエーター吸排気口グリルの装甲は、整備性等を保持するために装甲が薄い。そのため、どれ程強固な装甲を施そうが、この箇所はどうしても弱点になるのだ。


 なのに。その弱点のはずの場所ですら、フェールノートが効かないとは。いったい、どれ程の装甲厚を誇っているのか。レイトは慄然とする。


『なんなんだよそいつ!?』


 ようやく近くにまで追いついて来たらしい。多砲塔型を目にしたセイが、通信機越しに呻く。

 砲塔後部から投擲された斬撃兵装を弾き飛ばして、機銃の弾雨を高速をもってして振り切っていく。最早重しにしかならないフェールノートを投げ捨てながら、レイトは叫んだ。


「見ての通り新型だよ! 多分、こいつがこの基地の司令官機なんだと思う!」

『っ……! フェールノートは!?』

「さっき撃ったけど効かなかった! 多分、テンペストも効かない!」

『まじか……! じゃあ、どうやって落とすんだよそいつ!?』


 爆声の中、セイの少し上擦った声が響く。

 左腰からクラレントを引き抜き、同時に最大出力で魔力付与(エンチャント)を刀身へと掛ける。刹那、刀身は鮮やかな躑躅(つつじ)色に煌めき出した。


 執拗に追尾してくる斬撃兵装を横薙ぎに一閃、その爆炎に紛れるようにして一度上空へと舞い上がる。体勢を建て直す傍ら、レイトは通信機へと一方的に告げた。


「肉薄してたたっ斬る! セイ達は周りのを頼んだ!」

『っ……! わかった!』


 それきり、セイ達との通信は途切れる。

 後部と砲塔上部の機銃がレイトを捉え、発砲。しかし、それらを予期していたレイトは、既にその場から離脱している。


 巨躯に見合わぬ旋回性能を見せつけながら、多砲塔型は正面を向けてくる。合計十二門の斉射が、光翼で残像を形作りながら離脱するレイトの背面を襲った。遠い市街地に着弾した轟音が、そこかしこに咲く爆炎の音を刹那掻き消す。


 相変わらず降る雪は、レイトが高速で移動しているのもあって視界を白く霞ませている。迫り来る斬撃兵装を左脚から引き抜いた拳銃で迎撃。無理やり魔力付与(エンチャント)を付与した銃身が、微かに嫌な音を鳴らした。


 もう、この手は使えない。


「こいつさえ落とせば──!」


 爆発四散する斬撃兵装が作り出した炎の帳を突っ切りながら、レイトは叫ぶ。これさえ落とせば、〈ディヴァース〉部隊の指揮系統は瓦解する。そうすれば、みんな死なない。みんなを助けられる。


 ──今度こそ、守り抜くことができる。


 刹那、脳裏にちらついたのはユーナの最期。今日と同じ雪の日に、身体を真っ二つにされて堕ちていった妹の記憶。

 無意識に、顔を微かに強ばらせた。


 絶対に誰も死なせるもんか。燃えるよう想いを剣へと乗せて、レイトは多砲塔型目掛けて急降下していった。





「クッソ、捌き切れねぇ……!」


 合計五門の銃口を一斉斉射(フルバースト)し、四機の豆戦車型(セールヴォラン)を射落としながら、セイは苛立たしげに吐き捨てる。


 廃墟と化した市街地を縦横無尽に駆け回り、セイ達はフェールノートの弾丸を穿つ。圧倒的な数の優勢をもってして圧迫してくる〈ディヴァース〉の大群に対して、セイ達は自分の身を守るので手一杯だった。


 彼らの前方にはレイトが一人で異形の機体と戦闘を繰り広げており、その姿は最早神憑(かみがか)った様相を呈している。

 神業のような照準の先読みでおおよその砲撃と銃撃を躱し、機関銃と砲撃の弾幕の中を臆することもなく突撃していっては潜り抜けていく。時にはその銃弾をクラレントをもってして弾き返し、あと一歩のところで斬撃兵装に阻まれては後退を余儀なくされていた。


 結果だけを見れば、レイトは未だに多砲塔型に何らダメージを与えれてはいない。しかし、セイはそれを見て戦慄を覚えていた。あれが、自分達と同じ人間が為せる業なのか?

 否。あれはレイトだからこそできる戦術だ。たとえ同じことをセイ達がしようとしても、彼には遠く及ばないだろう。


 産まれながらに持つ圧倒的な素質と、なによりもそれを磨き続けてきた彼の努力と経験の結実。もし時代が違えば、救国の英雄にもなり得ただろう、戦と剣の天才だからこそ為せる業。


 眼下の重戦車型(モンストル)を車体後部の一点斉射で撃破しつつ、セイは砲聲(ほうせい)指揮官機(ファントム)の叫喚の中で指示を飛ばす。 


「俺とアリスで重戦車型(モンストル)は何とかする! ラウ、豆戦車型(セールヴォラン)の対応はお前に任せた!」

『っ……了解!』


 ちらりと視線を向けた先、多砲塔型と対峙するレイトを見てセイはぽつりと呟いた。


「…………そっちは頼んだぞ、レイト」

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