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戦場のワルツ  作者: 暁天花
Ep.Ⅰ
43/54

    レイト 2/7

 木枯らしの吹く季節の、微かに東の空が薄明に染まる頃。レイト達は出撃の準備を済ませて、駐屯基地の中庭へと集まっていた。


 大きなリュックサックと鞄には、詰め込めるだけの弾薬と少しの携帯食糧が入れられている。いつ、作戦が終わるのか分からない以上、持てる分の物資は携行していた方がいい。

 撤退の許されないこの作戦任務では、補給のための後退ですらも許されない。

 ここから西へ十数キロ先、待ち構えているであろう〈ディヴァース〉の大群を、レイトは不思議と凪いだ心で見つめていた。


 脳裏に、二人の少女がフラッシュバックする。吹雪の中に落ちていった黒百合の少女と、目の前で息絶えた白銀の少女。レイトが最期に目にしたユーナと、シャノンの記憶。

 どうしようもない過失。二度と取り戻せない過去、変えられない事実。

 守ろうとして、手からすり抜けていった、大切な人たち。

 これ以上、大切なものは失いたくない。そればかりがレイトの脳裏を駆け巡る。


 目を閉じると、青い瞳が瞼の裏にちらついた。

 深い海色の双眸に、月白に煌めく銀の長髪。いつも面倒くさくなるぐらいに生真面目で、けれどもどこか抜けたところがあった、司令官の少女。

 いつもレイトのことを気にかけてくれて、辛い時には黙って寄り添ってくれた。

 彼女のことを思うと、何故だかとても心が疼く。今すぐにでも会いたい。少佐の──エレナの笑顔を、再びこの目で見たい。

 けれど。

 それはもうできないのだと、レイトは自分に言い聞かせる。


 結局、この三週間でエレナは一度たりとも帰ってはこなかった。一言も言葉を交わすことはしなかった。

 彼女は、義勇戦隊から逃げ出したのだ。最後の足掻きである作戦図とその指示書を残して。

 もう二度と、あの可愛らしい笑顔を見ることはできない。もう二度と、あの可憐な声はレイトの耳には届かない。


 でも、レイトはそれでいいと思った。エレナは幸せになるべきだから。だから、こんな場所に居るべきではないのだ。いつ死ぬのかも分からない苛酷な戦場にも、悪虐と非道の果てに作られた義勇戦隊にも。彼女は、居るべきではない。

 どうか。どうか。幸せに。この時、レイトは心の底からそう思った。



「そろそろ時間だ、レイト。ブリーフィング始めてくれ」



 いつの間にか隣に来ていたセイが、静かな口調で呟く。

 ハッとして現実へと思考を戻すと、高空に佇む薄い雲が、ちらちらと白い雪を舞わせていた。


「ああ……、うん。わかった」


 向かう先は、ここから西へ数十キロ先。〈ディヴァース〉本隊の駐屯基地。今まで一部隊として、誰一人として帰還しなかった、戦死率百%の絶死の戦場。

 進撃路は北に森が在るだけで、基地の予想地以外はいずれも市街地が連なる。幸いなことに、こちらにはある程度有利な地形だ。


 くるりと向き直って、レイトは戦友達と目を合わせる。

 ……皆、恐怖に駆られたような色はしていなかった。

 努めて冷徹な声音を作って、レイトは告げる。


「これより、彼岸花作戦オペレーション・リコリスについての説明を始める」




 とは言っても、彼岸花作戦オペレーション・リコリスの概要は粗雑なもので。その殆どは、エレナが最後に残した指示書からのものだ。


 ここから西へと前進し、先の攻勢で撃滅した駐屯基地を通ってその先のヤール川へと到達。川沿いに北へと進み、森に入ったところで川を渡河。そのまま森を数キロほど更に西進し、〈ディヴァース〉基地があると予想される都市──グレイスリーズへと突撃、最短距離で司令部機能を破壊し、速攻を仕掛ける──というもの。 


 数日かけてレイト達の間でも色々考えはしたものの、結局エレナの考案したものが最適だという結論に落ち着いた。元の帝国軍の指示は(ただ)只管(ひたすら)に直進するというもので、考慮の内にすら入れることはなかった。


「──以上が、彼岸花作戦オペレーション・リコリスの概要になる。……何か質問は?」 


 答えは沈黙。セイが無言で頷くのが見えた。


「じゃあ、行こうか」


 言うと、戦隊員の双瞳が刹那キラリと瞬く。直後、全員の身体は宙へと浮かび上がった。

 ……もう、引き返せない。胸中でレイトは呟く。

 この一歩を踏み出せば、この一言を声に出せば。絶死の作戦を終えるまで、レイト達はここに帰ってくることはできない。……また、大切な人を喪ってしまうかもしれない。

 そう思った途端、レイトの心中には微かな恐怖が渦巻く。

 もう、おれは二度と逢えないのか……?


『……レイト?』


 通信機越しにセイに囁かれて、レイトは現実へと引き戻される。恐怖を振り払うように頭を振った。

 おれがこの戦隊の戦隊長なのだ。しっかりしないと。

 気持ちを切り替えて、レイトは努めて硬い声音で通信機へと告げる。


「全員、作戦開始!」





  †





 ちらちらと白雪が舞う黎明の中を、レイト達は無言で進撃する。

 最近、この時間帯は〈ディヴァース〉の行動は確認されていないため、戦闘は一度たりとも発生しなかった。ただただ、しんと降る雪と風の音だけがレイト達の耳を鳴らす。


 そのまま秋の星作戦オペレーション・フォール・オブ・シェアトで撃滅した駐屯基地を越え、更に西のヤール川へと到達。対岸の地平には、まだ不活性化したままの〈ディヴァース〉の大群が見えた。


 まだ目的地は遠く、ここで足止めを喰らう訳にはいかない。それらを敢えて無視し、レイト達は森へと進路を変える。

 入ったところで川を渡って、更に西進。木々の隙間から見えていた疎らな木造の民家は、いつしか区画整理された石造りの市街地へと移り変わっていく。空は相変わらず薄い雪雲に覆われていて、今が何時なのかも見当がつかなかった。


 そのまま森の中を低空飛行して、レイト達は森を抜ける予定地点へと到着する。市街地に佇む豆戦車型(セールヴォラン)はまだ動いていなくて、それがまだ昼ではないことをレイト達に伝えていた。


 セイ達が森林の中でひと休憩を挟んでいる間、レイトは静かに森林の上空へと駆け上がる。進行方向の市街地──グレイスリーズへと目を向けると、そこには廃墟に積もった薄い白雪と〈ディヴァース〉の純白が一面に広がっていた。

 そっと通信機を起動すると、レイトは努めて冷徹な声音を作って告げる。


「作戦は予定通り、敵中枢機の撃破を第一目標とする」


 ざっと見積もって、この周辺に居る〈ディヴァース〉の数は約一個師団規模。圧倒的な性能を誇る〈ディヴァース〉相手に、たった四人の人間が正面戦闘を行うのはまず不可能だ。普通にやり合えば、まずレイト達は敗北するだろう。


 しかし、だ。〈ディヴァース〉は、指揮官機(ファントム)を失えばその戦闘能力が著しく低下するという大きな欠陥がある。

 つまり、指揮官機(ファントム)さえ撃破できれば、レイト達がこの作戦を遂行し、生き残る道も見えてくるのだ。


 エレナの残した作戦図のお陰で、ここに至るまでに戦力の減耗は一切起きていない。よって、レイト達は全力をもってしてこの基地の中枢へと強襲できるのだ。司令官機さえ叩ければ、この無謀と思えるような作戦にも勝機はある。

 くるりと背後に向き直ると、そこには休憩を終えて上がってきたセイ達が居た。彼らを見据えて、レイトは決然と告げる。


「こっからはとにかく時間との勝負になる。正直、かなり厳しい戦いにはなるとは思うけど……、みんな、頑張ってついてきてくれ」

「ああ。分かってる。……折角ここまで来れたんだ、全力でやろうぜ」


 全員の言葉を代弁するかのように、セイは笑った。いつの間にか彼の銃剣には魔力付与(エンチャント)がなされており、その刀身は淡い躑躅(つつじ)色に輝いていた。アリスも、ラウも、いつでも出撃できる状態でレイトの指示を待っている。


 その、信頼の瞳が。微かに揺れていたレイトの心を奮い立たせた。真紅の瞳に、決然とした炎が灯る。


 おれは、絶対にみんなを守る。


 左腰からクラレントを引き抜き、魔力付与(エンチャント)を付与した刀身が鮮やかな躑躅(つつじ)色に煌めく。体勢を整えながら、レイトは通信機へと告げた。


「突撃開始!」 


 合図と同時。レイトは赤翼(せきよく)を全開に展開すると、眼前の市街地へと突撃していった。


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