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戦場のワルツ  作者: 暁天花
Ep.Ⅰ
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間章 What is it that you really need?

 一キロ先すらも見通せない豪雨の中で、レイトは市街地の中を進撃していた。

 目の前には重戦車型(モンストル)が、中戦車型(シェーヴル)が、豆戦車型(セールヴォラン)が。様々な〈ディヴァース〉の車輌が隊を成して、雪原に展開している。


 こいつらを倒さなければ。でないと、シャノンを──みんなを守れない。燃える激情のままに、レイトは躑躅(つつじ)色に輝く剣を片手に吶喊する。最優先攻撃対象は、指揮管制能力を持つ重戦車型(モンストル)だ。

 紅い光翼を(きら)めかせ、機関銃と砲弾の弾雨を潜り抜ける。


 迫り来る幾多の豆戦車型(セールヴォラン)を斬り裂き、進撃路上の中戦車型(シェーヴル)を車体ごと真っ二つに両断していく。投擲された斬撃兵装を斬り結んでは、空の彼方へと弾き飛ばす。

 そのまま速度を緩めず、目前の重戦車型(モンストル)へと剣を突き立てた──その時。視界が明滅した。



 次の瞬間、レイトの目の前にはシャノンがいた。

 彼女の右腕は斬り飛ばされていて、腹部には剣が深く斬り込まれている。その刃の先には、レイトの剣があった。


 ──おれが、シャノンを?


 怯えたように狼狽えてそのまま立ち竦むレイトに、シャノンは鮮血を腹部から盛大に噴き出しながら語りかけてくる。


「な……んで、守ってくれなかった……の?」


 守ると言ってくれたのに。なのに、なんで守ってくれなかったの? 消え入りそうな声音で、シャノンはレイトを責め立てる。


 自分がシャノンを斬っていることに混乱していると、上空から豆戦車型(セールヴォラン)が急降下してくる音が聞こえた。

 いつの間にかシャノンの姿は消えていて、レイトは迫ってくる豆戦車型(セールヴォラン)へと刃を向ける。

 その刃が豆戦車型(セールヴォラン)に直撃した──その時。


 またもや、視界が明滅した。


 再び視界が戻ってくると、今度は見渡す限りに雪原が続く吹雪の中だった。目の前にはいつの間にかユーナがいて、その腹部には剣が横薙ぎに突き立てられている。

 そして、その剣は。レイトの持つ剣だった。


「っ…………!?」


 なんで、おれはユーナに!?


 目を見開いて咄嗟に剣を引こうとするが、レイトの身体は言う事を聞かない。レイトの意思とは正反対に、剣はゆっくりとユーナの柔肌へと斬り込んでいく。その度にあかい鮮血がじわりと噴き出し、剣を赤く染めていく。


 違う。止まれ。止まってくれ。ユーナは敵じゃない。大切な、守らなくちゃならない妹なんだ!

 必死に制止の言葉を紡ぐが、レイトの身体は止まらない。


「お……、にい、ちゃん…………?」


 か細い声に、レイトはハッとして目を上げる。見えたのは、ユーナの苦悶と絶望に歪んだ顔だった。


「なんで…………?」

「違うんだ! これは……!」


 レイトは必死に剣を引き剥がそうとするが、剣を持つ手はきつく握られていて離すことができない。思惑とは正反対に、レイトの剣はどんどんユーナの身体を引き裂いていく。


「あ……、あぁ…………!?」


 遂に振り切った剣が、ユーナの身体を真っ二つに斬り裂いた。剣が彼女の鮮血を撒き散らし、割れた二つの身体が純白の雪原へと落ちていく。

 咄嗟に手を伸ばすが、彼女の腕は掴めることなくすり抜けていった。


 生暖かい血の感触が、レイトの右手を濡らしいていく。視線を向けると、彼の右手はいつの間にか剣と同化していた。鮮血の赤色が、吹き付ける雪の色を瞬く間に赤く変えていく。


 どうしようもない過失。

 二度と戻らない、変えられない過去。おれが弱かったから、守れなかった。誰も守れない、弱くて非力な自分。


『レ……ト…………』


 もっとおれが強ければ。もっと力があれば。ユーナも、シャノンも喪わずに済んだ。もう誰も喪いたくないと思って、レイトはこの剣を取ったのに。

 妹を失いたくないと思って、必死に訓練を行ってきた。

 シャノンを守りたいと思って、あらゆる手段を尽くしてきた。


『レイト…………』


 けれど。どれも、叶わなかった。二人共レイトの目の前で死んでいった。結局、守りたいと思ったものは何も守れず、誰一人として助けられなかった。

 なのに。なんでおれは──?



「レイト!」


 身体を強く揺すられて、レイトはハッとして目を覚ます。全身が冷や汗でぐしゃぐしゃに濡れていた。

 怯えながらも周囲を見渡すと、そこはいつもの暗い隊舎の一室だ。二段ベットが二つ置かれた、四人用の相部屋。


 心配に揺れる金色の瞳が、レイトの視界に映り込む。


「大分うなされてたが……。大丈夫か?」

「あ、ああ……。……うん」 


 自分の腕に剣はなく、勿論血にも濡れていない。改めて目で見て確認して、レイトは大きく息を吸って、吐いた。


 ……夢だ。今のは。


 自分に言い聞かせるように、レイトは胸中で呟く。

 けれど。レイトの腕には、未だ生暖かい血の感触が残っていた。微かに残る、夢の残滓がレイトの心を掻き乱す。

 振り払うように、深く目を瞑って頭を横に振った。


 あれは夢だ。夢なんだ。だから、あんなことは起きていない。おれが二人を殺したんじゃない──。

 そう自分に言い聞かせていると、不意に上からタオルが掛けられた。目線を上げると、セイは優しげな瞳をレイトに向けている。


「何か飲み物取ってきてやる。ちょっと待ってな」

「あ……、うん。ありがと」 


 そう言うと、彼は懐中電灯を持って廊下へと消えていく。未だに何も聞いて来ないセイが、今はありがたかった。

 何回か深呼吸を繰り返していると、今度は上のベッドからラウの声が聞こえてきた。


「最近、よくうなされてるけど大丈夫?」 


 素っ気なさにも心配が含まれた、彼らしい声色にレイトは少しほっとする。


「あー、うん。大丈夫。……起こしちゃった?」


 時計は既に午前の二時を回っている。普段ならば皆寝ている時間帯だ。


「いや? 俺はたまたま目が覚めただけだよ。……最近はどうもちゃんと寝れなくてね」

「そっか……」


 それきり、二人の間には沈黙の時間が下りる。

 窓からは月の光が差し込んでいて、ベッドの一部を(しろ)い光が微かに照らし上げていた。首に提げた懐中時計が、きらりと月光を反射して煌めく。


 窓外でまばらに鳴る鈴虫の音が、ベッドに佇む二人を静かに包み込む。肌寒い空気が、レイトの思考を否応なしに冷却していって、ようやく冷静な思考が戻ってきた。

 ぎゅ、と懐中時計を握り締める。白皙の顔をくしゃりと歪めて、レイトは胸中で呟いた。


 ……ようやく、克服したと思ったのに。

 この戦隊で、エレナと一緒に暮らすようになって、ユーナの夢を見る頻度は減っていた。だから、やっと克服できたのだと。彼女の死を、ようやく受け入れられたのだと、そう思っていた。

 けれど。全部、レイトの勝手な思い込みだった。


 暫くして、静謐の時間を打ち破ったのはセイだ。扉を開ける音がして、レイトはそちらへと目を向ける。彼の手には、一杯の水が入ったコップが握られていた。


「ほらよ」


 それを差し出されて、レイトは有難くそれを受け取る。


「ありがと」


 礼を言うなり、喉を鳴らせて一気に飲み干した。

 冷たい水が喉を伝って胃へと落ちていく。渇いた身体に、彼の優しさが身に染みた。

 ベッドに座って懐中時計を握り締めるレイトを見下ろしながら、セイが静かに口を開く。


「……ユーナか?」


 暫し言い淀んで。レイトは、こくりと頷いた。


「…………うん」


 正確には、今まで守ろうとして守れなかった、シャノンとユーナの、二人の夢。

 エレナと出会って、おれは変われたと思っていた。悪夢を見る回数も減っていって、忘れかけていた。

 おれは、まだ。シャノンの死どころか、ユーナの死にすら決着をつけれていないのだ。


 目の前で消えていった、助けようとしてすり抜けていった、どうしようもない過謬(かびゅう)

 二度と戻らない、取り戻せない過去。ユーナも、シャノンもとっくに死んでしまった。守ると言ったのに。約束したのに。


 もっとレイトが強ければ。もっとレイトに力があれば。二人を、〈ディヴァース〉の手から守ることはできたはずなのに。

 おれが、弱かったせいで。二人は。 


「ごめんね。戦隊長のおれがこんなで」


 レイトは無理に笑顔を繕って笑う。本当は一番冷静でいなければいけないのに。皆を安心させてやらなくちゃならないのに。なのに、おれは。

 作り笑顔に、自然と自嘲の笑みが重なった。


 誰も守れなくて、誰からも必要とされていなくて。周りに心配ばかりかけさせて。

 ……おれは。なんで生きているんだ──? 

 そんなレイトの自問を見透かしたのか、セイは言い捨てるような口調で呟く。


「お前はお前のために生きればいいんだ。いつまでも過去に縛られてるんじゃねぇよ」

「え……?」


 自分のベッドへと戻っていく彼の表情は、暗いのもあって何一つ見えなかった。

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