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戦場のワルツ  作者: 暁天花
Ep.Ⅰ
34/54

間章 Lost Memory

 全てが純白へと塗り替えられる豪雪が吹き荒ぶ中、一人の少女は降り積もる雪の上に倒れていた。


 ワンサイドアップに結んだ濡羽色の髪に、紅玉(ルビー)のような真紅の双眸。深緑の野戦服を着た少女の身体は、腹部から下がすっかり無くなっていた。そこから流れ出る大量の鮮血が、周囲の白雪を赤く染めていく。


 目の回るような激痛と、大量の出血。そして、肌を刺すような冷たい風と雪。

 吹雪で見えない視界の中で、砲聲(ほうせい)と銃撃音はそこかしこから鳴り響く。刻一刻と遠ざかる意識の中で、少女はぽつりと呟いた。


「……おにい、ちゃん…………」




 四つ歳上のお兄ちゃんは、私のヒーローだった。

 四年前、国の政策によって天青種(セレリア)以外の人種が収容所へと強制移送されてから。私達紅黒種(ルペリア)は、他の人達から酷い虐めを受けるようになっていた。


 勿論、ユーナの家族も例外ではなくて。父を戦争開戦時に喪っていた私達家族は庇護してくれる人も居なくて、よく虐めの標的にされていた。

 元々体質の弱かったお母さんは、それに耐え切れずに収容所に入ってから一年で死んでしまって。それ以降、ユーナとお兄ちゃんはずっと二人で暮らしてきた。


 正義感が強くて、とても優しくて。時々、それが原因で喧嘩しちゃったりはしてたけれど。

 でも、ユーナはそんなお兄ちゃんが大好きだった。口数は多い方ではなかったけれど、ユーナがお話するといつも優しく笑ってくれて。とても楽しかった。




 収容所に来てから四年が経って、ユーナとお兄ちゃんは一緒に戦争に行くことになった。何でも、このフェールノートとかいう銃で向かってくる敵を倒せばいいらしい。

 戦いに行くのは怖かったけれど、お兄ちゃんと一緒なら大丈夫だ。


「大丈夫だよ、ユーナ。ユーナはおれが絶対に守るから」


 飛行機で駐屯基地へと向かっている間、お兄ちゃんは私にそう言ってくれた。ユーナと同じ黒髪に、同じ赤色の瞳。その顔を見ると不思議と勇気が湧いてきて、恐怖は和らいだ。



 最初の出撃で、戦隊の半分が死んだ。

 敵を倒せると言っていた銃は想像以上に非力なもので、飛んでくる小さな戦車しか撃破するのは難しかった。

 結局、最初に配属された戦隊は一ヶ月で壊滅して。最後に生き残ったのはユーナとお兄ちゃんだけだった。


 次に配属された戦隊の司令官は、毎日私達の指揮を執っていた。

 月白の髪に、深い海色の双眸。聞くと、そのお兄さんは天青種(セレリア)の中でも特に珍しい蒼月種(ルナスタリア)の人だった。

 お兄ちゃんとはよく歪み合っていたけれど、私は特に気にしなかった。 




 ある時から、司令官のお兄さんは一人の女の子を時々連れてくることがあった。聞くと、その子はお兄さんの妹らしい。今年で十三歳だから……お兄ちゃんとは同い年だ。

 お兄さんの陰に隠れて覗いてくるお姉ちゃんに目を向けて、ユーナは笑顔で声をかける。


「私、ユーナ・レインズ! あなたの名前は?」


 ぴくりと、お姉ちゃんの海色の瞳が揺れる。


「……えと。エレナ……です。エレナ・レイエンダ」

「エレナお姉ちゃん! よろしくね!」



 いよいよ意識が消えそうになってきて、もうそろ駄目だなとユーナは思う。

 心配になるのは、やはりお兄ちゃん──レイトのことだ。

 私が居なくて、お兄ちゃんはちゃんとやっていけるだろうか? 毎日司令官のお兄さんに突っかかって、その度に私が仲裁をしてたから。 


 最後に、エレナお姉ちゃんにも会いたかったな。

 お兄ちゃんには余り好かれてはなかったけれど、ユーナは本当のお姉ちゃんみたいで大好きだった。雪みたいに白い肌に、真白の長髪。そして、宝石みたいに綺麗な青色の瞳。

 お勉強ができて、真面目で。けれどどこか少し抜けていて。とても可愛い人だった。


 視界が徐々に暗転していく。突き上げるような砲聲(ほうせい)も、疎らに鳴り響く銃声音も。何もかもが遠くなっていく。

 最後に甦ったのは、お兄ちゃんの笑顔だった。


 どうか、私のことで不幸にはならないでほしい。ちゃんと幸せになって欲しい。だって、私の大好きなお兄ちゃんだから。



 そして。その純粋無垢な想いが。彼女に一つの奇跡を与えた。

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