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戦場のワルツ  作者: 暁天花
Ep.Ⅰ
31/54

    揺らぐ視線と過去 3/5

 翌日。何とか徹夜で秋の星作戦オペレーション・フォール・オブ・シェアトについての結果報告書を作成し終え、エレナは駐屯基地を後にした。

 いつも通りノア大尉の操縦でグリマルディ基地まで飛んで、あちらに着いたのは昼頃だ。

 昨日までの豪雨が嘘のような澄み渡る晴天の下、エレナは慣れた足取りで第五四戦区の司令官室へと向かう。




「ちょ、ちょっとエレナ!? それどうしたの!?」


 司令官室へと入ってすぐ、エレナを見るやイヴは驚愕の表情で詰め寄って来た。


「ああ、大した怪我じゃないから。大丈夫よ」

「大丈夫な訳ないでしょ!? す、すぐに軍医を呼んでくるから……!」

「だから大丈夫だって。何かあれば、自分で行くから」


 愁眉を寄せて言い募ってくるイヴに、エレナは苦笑する。ほんとに、心配性なんだから。


「そ、そう? なら、いいけど……」


 なおも心配そうに見つめてくるイヴはそのままに、エレナは気を取り直して鞄から一束の書類を取り出す。 


「今回の作戦、秋の星フォール・オブ・シェアトについての結果報告書よ。帝国軍に情報のない新型機に遭遇したから、一応ヴァード小父(おじ)さまにも直接渡しには行くのだけれど。本当に大事なことだから、絶対に提出してよ?」

「分かってるって」


 呆れたように笑って、イヴはエレナから手渡された報告書を受け取る。

 暫くの間その報告書を(めく)っては流し見て──途中で突き返された。


「だめ。これは受け取れない」

「え? なんで?」


 思ってもみなかった言葉に、エレナは驚いて眉を上げる。徹夜で仕上げたものだから、どこかおかしい点でもあったのだろうか。

 自分用のものを慌てて読み返していると、イヴは呆れ声で助け舟を出してくれた。


「死傷者数のとこよ」


 言われて、エレナはその箇所を読み返す。死傷者数が計三十三名で、戦死者数は十四名。負傷者数が十九名だ。ここに間違いはない。前後の文も読み返してみたが、特に間違いなどは見当たらなかった。


「……、これのどこが…………?」


 困惑に目を上げると、果たしてイヴは大きなため息をついた。半眼で見つめ返してくる蒼玉(サファイア)の瞳には、感情の色がみえない。


「ここは“帝国軍人”の死傷者数を書くところなの。だから、合計は一人。あんたの分の負傷者数だけよ」

「…………は?」


 思わず、声が漏れた。

 イヴの言っていることの意味が全く分らない。死傷者数がたった一人? それも、私の軽度の骨折だけ? 彼女は何を言ってるんだ?

 呆気にとられているエレナを傍目に、イヴは嘆息を漏らす。露骨に呆れと微かな苛立ちを込めて、言葉を続けた。


「“義勇戦隊は帝国軍じゃない”。エレナも知ってるでしょ?」

「そ、それは知ってるけれど……」


 だから、何なんだ。


「なら、なんで今更こんな間違いするのよ? この報告書に書くのは帝国軍に関することであって、義勇戦隊に関する情報は全て要らないの。いくら連中が死のうが傷つこうが、帝国軍の報告書にはゼロと書くのよ。知らなかったの?」

「なっ……」


 咄嗟に言葉が出なかった。イヴは至って真面目だ。何なら、私の心配すらしてくれている。

 だが、その絶望的なまでの意識の差が。エレナにはとても衝撃的だった。こんな巫山戯(ふざけ)たことが、許されていいはずがないのに。 

 硬直して狼狽えるエレナに、イヴは冷えて冷徹な声音で低く唸る。


「……だから言ったでしょ。義勇戦隊の奴らには入れ込むなって」

「…………」


 俯いたまま、エレナは何も言い返せなかった。





 その日の午後は用事がなかったので、エレナはまず一日かけて第五四戦区内の軍医達にシャノンの治療を依頼して回った。 

 けれど。結果は散々なもので。どれだけ嘆願しても、軍医からは冷笑で一蹴されるだけだった。

 それでも諦め切れず、エレナは次に第五四戦区内に属する医師を公民問わずに手当り次第に依頼して回った。


 ……が。結局、一人として治療の約束を取り付けることはできなかった。

 というか。誰一人として、エレナの言葉には真面目に取り合ってはくれなかった。

 それどころか、必死に嘆願するエレナを見ては冷笑し、嘲り、あまつさえ憐憫すらも向けられたのだ。



 異人種(ディファリア)如きにそんな労力を使うだなんて頭がおかしい。何故、異人種(ディファリア)如きにそんなに入れ込むのか。などと。



 そんな言葉に、エレナ自身も禄な反論もできなくて。ただ、自分の無力さに絶望するばかりだった。

 最後の回答も案の定拒否の文言で、エレナは失意の中で最終便の夜間列車へと乗り込む。


 行き先は自宅と帝国陸軍の本部がある帝都ロンディアルト。明日はアークニール中将との面談があるから、これに乗り遅れると折角時間を作ってくれた小父(おじ)さまに迷惑がかかってしまう。

 空いた席へと腰を下ろすと、途端にどっと疲労と睡魔が襲ってきた。流石にほぼ二日働きっぱなしだったから、当然といえば当然なのだが。


 何か考える暇もなく、エレナは心地よい振動の中で眠りに落ちていった。




 気がつくと、そこはもう黎明に染まるロンディアルトの駅だった。

 駅員になされるがままに駅を出て、エレナは少し寝ぼけたままの足取りで自宅へと向かう。

 流石にこの時間帯だ、いつもは人で埋まっている大通りも、今はまばらだった。 

 なんとか自宅の自室まで辿り着いて、エレナはそのままベッドへと倒れ込む。


 張り詰めていた気持ちはすっかり切れて、また、一気に疲労と眠気が襲ってきた。つい、先程まで寝ていたばかりなのに。

 目覚まし時計を設定しとかなければ。いや、その前に服を着替えて……違うな、まずは風呂に入ってからだ。


 色々やらなくてはいけないことが頭に浮かんでくるが、果たしてエレナの身体は鉛のように重くて動かない。

 そうこうしているうちに、頭が段々と回らなくなってきた。瞼が次第に閉じていく。意識が急速に遠のいていくのを感じた。



 次に目を開けると、カーテンの隙間からは眩い秋の群青が覗いていた。どうやら、また寝てしまっていたらしい。目を擦りながら時計へと目を向けると、短針は既に十二時を指していた。


 ……確か、アークニール中将との面談は十三時半だったはず。


「っ……!?」


 はっとして急いで身体を起こすと、全身に微かな痛みが走った。

 仰向けの体勢で、それも軍服のままで寝たせいか。せめて、ネグリジェに着替えるべきだったなという言葉が脳裏によぎった。


 まぁ。そんなことは今は置いておいて。とりあえず、まずは風呂に入らなければ。

 中々時間が取れなくて、最後に入ったのは一昨日(おととい)が最後なのだ。流石にそろそろ入らなければ、色々とまずい。

 本部へと出向く以上、身嗜みはきちんとしなければならないし、何よりエレナも女の子だ。なんというか、その、体臭とか髪の状態だとかが気になる。


 着ていた軍服はかなり状態が悪くなっていたので、脱いでそのままゴミ袋へと入れて。下着姿のままで、押し入れに掛けていた新品の軍服を取り出した。上は男女共用のデザインで、下が膝丈のスカートの鉄灰色の。最近は肌寒くなってきたので、その下には常にタイツを着用している。

 それと新しい下着を持って、エレナは早足で風呂場へと向かうのだった。




 早急に身支度を整えて、報告書の入った鞄を片手にエレナは急いで陸軍本部の本庁舎へと駆け足で進み入る。 

 途中で掛けられる言葉は悉く無視して、本庁舎の階段を急ぎ足で登りきる。なんとか、予定の時間には間に合った。


 こんこんと二回ノックして、応答の声を待って扉を開く。失礼しますと言ってから中へと踏み入ると、奥で立っていたのはアークニール中将だ。デスクの前まで進んで、エレナは完璧な敬礼を送る。


「本日はお忙しい中お時間を作って頂き、誠にありがとうございます」


 彼は他の将校達と同じく仕事をしない同僚に代わって、他部隊の仕事も兼任しているのだ。本来ならば、こんな時間などは取れないほどに忙しい。

 そんな多忙を全く感じさせない精悍な顔を優しく緩めて、アークニールは椅子へと腰掛ける。


「大事な要件なのだろう? ならば構わんよ。……それで、その要件とやらは?」


 言われて、エレナは鞄から一束の書類を取り出す。アークニールが手に取ったのを確認してから、エレナは言葉を続けた。


「今回の攻勢作戦にて、帝国軍の脅威となりうる〈ディヴァース〉の新型機を捕捉しまして。重要度が高いと判断し、直接ご報告に参りました」


 幾らか頁を捲って、アークニールは愁眉を寄せる。微かに苦笑を漏らして、彼は呟いた。


「その新型機が、この報告書に記載されている指揮官機(ファントム)か。精神汚染攻撃に、高い知能を持つ指揮官機型。確かに、これは厄介な車種だな」


 エレナはこくりと頷く。


「はい。正直、精神汚染攻撃については現状、全くの対策のしようがありません。恥ずかしながら、私も一度呑まれかけました」

「大丈夫だったのか?」


 心配そうに見つめてくるのを、エレナは努めて明るい表情をつくる。 


「ええ、なんとか。……ですが。本当に厄介なのは後者の──高い知能です」

「というと?」


 ちらりと、彼の殆ど黒の碧眼がエレナの双眸を映す。先程までとは変わらぬ声音や態度とは異なる、冷えて冷徹なあおいろの。軍人の目。


「まず厄介なのが指揮管制能力です。これについては恐らく、士官候補生レベルの能力があると私は推測しています。こちら側も然るべき対策をしておかなければ、来るべき攻勢の折に最終防衛線(ヴァーハ線)が突破される恐れがあります。そして、単体戦闘能力についてですが……」


 そこで、エレナは肩を落として目を伏せた。


「……今回の戦闘では確認ができませんでした。すみません」


 あの時、私は取り乱してしまって。シャノンの応急処置に必死で、全く周囲を見ることができていなかった。軍人ならば、あの時シャノンを見捨てて作戦指揮を──周囲の観察をしておくべきだったのに。


 “指揮官たるもの、常に冷静に、冷徹に、冷酷たれ。”士官学校の教科書の、それも一頁目に書いてある最も基本的な言葉だ。それを、エレナは実行できなかった。


 アークニールは気遣わしげに顔を傾げる。


「エレナ、お前が謝ることではないよ。たった一度の戦闘で全てを解明するなど、簡単にできることでは無いのだからな」

「そう……、ですが、」


 ぎりと、静かに奥歯を噛み締める。なら、この作戦で散った命は、いったいなんのために。


「お前がそう気に病む必要はないよ。……そうだな、では、この新型について新たな情報が分かり次第、また私の下へ来てくれ。これの対策については、こちらでも色々と働きかけてみる」

「……はい。宜しくお願いします」

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