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戦場のワルツ  作者: 暁天花
Ep.Ⅰ
20/54

    熱波と花火と星空と 5/7

『ええ。では、また』


 少佐(エレナ)の言葉を聞いてから、レイトは通信を切る。

 本人は無意識なのだろうが、あからさまに頬が嬉しそうに緩んでいる。久しぶりに見た、屈託のない笑顔だった。

 セイはにやりと笑いながらレイトの方へと歩み寄る。


「随分楽しそうに喋るねぇ。そんなに少佐の声が聞けたのが嬉しかった?」

「はぁ? 急に何? 意味わかんないこと言わないでよ」


 ぶっきらぼうに返されて、セイは益々おかしくなって噴き出した。是非とも、今のこいつの顔を写真に撮って見せてやりたい。


「言っとくけど。今のお前、めちゃくちゃ頬緩んでるからな?」

「…………」


 あ、そっぽ向いて黙った。

 ほんとに分かりやすいやつだなとセイは苦笑する。

 まぁ、これ以上からかうと今度は逆に機嫌を損ねそうなので、お遊びはこれぐらいにして。早速本題に入る。


「んで、アレ、少佐はなんだって?」

「名前の通り試作兵器だってさ。使えるやつが使って、戦闘データを取ってくれって」

「やっぱりか」


 セイは分かりきったことのように呟く。“X”ナンバー。義勇戦隊に所属してからは度々目にする兵器の名称だ。確か、正式には|Experimental《試作型》だったか。


 基本的に帝国の正規軍は戦闘を行わないから、彼らに渡しても欲しい戦闘データは全く集められない。

 その為、研究棟が開発した試作兵器はその殆どが義勇戦隊の元へと送られてくるのだ。義勇戦隊は常に最前線で戦っているから戦闘データを集められるし、その上、死傷を気にしなくてもいい。


 まぁ。つまるところ都合のいいように使われてるだけに過ぎないのだが。

 とはいえ、大抵の武装はフェールノートよりも有用だ。補給や整備もしっかりされるから、特段断る理由もない。


「にしても、今度のは中々使えそうだな。全方位から攻撃できて、尚且つ射線が四つも増える」

「使いこなせれば、だろ? 結局、使えたやついたの?」


 レイトは呆れに目を細めながらぼやく。無理もない。さっきこいつが使おうとしたら、動きすらしなかったのだから。


「現状、使えそうなのは俺とシャノンだけだな。……とは言っても、俺はお前の代わりに指揮を取らなきゃならんし、そもそも機動戦中にアレにまで思考が回るとは思えん」 

「てことは、使うのはシャノンか」

「ま、そうなるねぇ」


 ふ、と背後を振り返ると、そこには少々ぎこちないながらも四つの機動兵装群──ドラグーンを見事に操るシャノンの姿が見えた。その周囲で、ラウとアリスが何やら騒いでいる。


「……ほんと凄いね。なんであんなに自由に動かせるんだろ」


 レイトの口から感嘆の言葉が(ほとばし)る。多分、それにはラウとアリスも同感だろうなとセイは思った。二人とも、レイトと同じで動かすことすら叶わなかったのだから。


「マニュアルには空間認識把握能力が必要……だとか書かれてたな。その差なんじゃないの?」

「……空間認識把握能力ってなに?」

「さァ? それは俺が聞きたいぐらいだけど」


 セイは肩を竦めて苦笑する。そんなことをレイトと二人で駄弁っている時だった。

 突如、駐屯基地内にけたたましい警報音が鳴り響いた。


「……早速実戦だな」

「みたいだね」


 戦場の気配に、基地内の空気が一気に張り詰める。レイトは戦隊員達との通信を開き、努めて冷徹な声音を作って指示を発した。


「全員、戦闘配備。準備が出来次第、兵舎正門前へと集合」





  †





 少佐が休暇で駐屯基地(ここ)を離れてから、五日が経った。

 今日の戦闘でも死傷者はいなくて、レイトはすっかり慣れきった様子で帰投の指示を飛ばす。


 砲兵型(アエロリット)の砲撃域を離脱して、はぁとようやく詰めていた息を吐き出した。

 戦闘終了後のこれだけは、いつまで経っても慣れる気がしない。


『しっかし、最近はやたらと数が多いわねぇ』


 疲れきった様子でアリスがぼやく。


『おまけに今日は指揮官型(ファントム)も居たしね。ホント、最悪だよ』

『こりゃそのうちあるんじゃねぇか? レイトはどう思うよ』

「え? うーん……」


 急に話を振られて、レイトは顎に手を当てて物思いに耽る。


「……あくまで、おれの経験則に過ぎないんだけど。やっぱ、試作品が来たってことはあるんじゃないかな」

『だよなぁ……』


 暗澹(あんたん)たるセイのぼやき声を最後に、戦隊は重い空気に包まれる。無理もないだろうな、とレイトは思った。

 とはいえ、ずっとこのままというのも精神衛生上良くない。耐え兼ねた様子で、レイトは努めて明るい声音を作って、おどけた調子で言った。


「大丈夫だよ、おれが誰も死なせないから」


 ──みんな、おれが守るから。

 続くそんな言葉は、セイの笑い声に吹き飛ばされる。


『はっ。言ってくれるねぇ。お前ごときに守られるほど、俺らは弱くないっての』

「え?」


 予想外に強気な反応に唖然とするレイトを、三人は笑う。


『あのね、レイト。私達は貴方と同じ年数戦って来てるの。あんたに守られなくとも、自分の身は自分で守るわよ』

『そうそう。どうしても守りたいってんなら、少佐でも守ってなよ』

「はぁ? なんで今の話で少佐が出てくんのさ?」


 レイトは呆れたように言い捨てる。少佐は天青種(セレリア)蒼月種(ルナスタリア)でレイエンダだ。いくら頼りになろうが、別にレイトが守るべき相手ではない。


『え? いや、そりゃ出てくるでしょ』


 さも当然のことのようにラウが言う。他二名──セイとアリスも、無言の肯定を後に続けていて、レイトはいよいよ意味が分からない。

 困惑もあらわに、アリスはぼそっとレイトに問いかける。


『……もしかして、あんだけ分かりやすい行動しといてそんな事ない──なんて言わないわよね?』

「いや、だから。なんのこと?」 


 どうも、レイトと彼らとの間では決定的に何かが食い違っているらしい。全く意味が分からず困惑していると、聞こえて来たのは三人の呆れとうんざりが等分に入り交じった大きなため息だった。

 ほんとになんなんだ、こいつらは。


「…………?」


 隣を見やると、シャノンが怪訝な顔をして首を傾げていた。

 どうやら、彼女もレイトと同じ気持ちらしい。その様子が愛おしく感じたと同時に、少し安堵した。




 落ちかけた陽の光は西の空で赫々(かくかく)と燃え、世界が金色と宵の闇に染まる黄昏の頃。レイト達はようやく駐屯基地へと辿り着いていた。

 これだけ陽が落ちているなら、今日はもう出撃することはないだろう。ほっとした気分で、レイトは安堵の息を漏らす。


 いつも通り基地の中庭へと足を踏み入れると、兵舎の前に一人の人影が見えた。 月白の長髪が風になびく姿を認めて、レイトは唖然とする。


「あ、おかえりなさい。みなさん、今日もお疲れ様でした」


 レイト達を視認するなり、その軍服の少女は駆け寄ってきて破顔する。屈託のない、可愛らしい笑顔だった。

 驚嘆を声に混じえつつ、自然と全員を代表する形でレイトが訊ねる。


「あれ、なんで少佐が居るんです?」

「……居たら、迷惑でしたか?」


 途端に少佐(エレナ)はしゅん、と意気消沈して目を伏せる。なんだかその姿に罪悪感を感じて、レイトは慌てて否定の言葉を口にした。 


「い、いや! そういう訳ではなくて! だって少佐、あと二日ぐらいは休暇だったでしょ?」

「ええ、まぁ。それはそうなんですけれど」


 微かに憂いの見える表情で、少佐は苦笑する。


「あっちに居ても、特段何かするような用事もなくて暇だったので。それに……」


 途端に、少佐はぎゅ、と右手を胸元で握り締める。微かに顔を赤らめて、ぽつりと言葉を紡いだ。


「えと、その。……早く、皆さんと会いたいな、と思いまして」

「そ、そうですか」


 屈託のない彼女の笑顔に、レイトはどきりと胸を打つ。何だか急に顔が熱くなってきて、思わず少佐から目線を逸らした。 

 落ち着け、とレイトは自分に言い聞かせる。相手はおれたちをこの戦場へと差し向けた蒼月種(ルナスタリア)の、それも軍人だ。憎むべき対象でこそあれ、そんな対象になどなる訳がない。……はずなのに。

 妙な心の高鳴りを感じて、レイトは悶々とする。


「で、その結果が後ろに置いてある大量の紙袋ってわけ?」


 アリスが肩を竦めて苦笑する。見やると、兵舎の前にはそこそこ大きな紙袋が幾つか置かれていた。改めて見てみると、何やら少佐の腕にも小さな紙袋が提げられていて。


「少佐、その紙袋は……?」


 おずおずとシャノンが問いかける。すると、少佐はまたもその白皙の顔に嬉しそうな笑みを浮かべた。


「香水ですよ。全員分の」

「こう……すい……?」


 初めて聞く単語だ。そう思って首を傾げるシャノンとは対照的に、セイは片頬を引きつらせる。 


 香水。それは一つの香りを基調として、それを引き立たせるために数多の香料を専門家が細心の注意の下で調合したものだ。幾数(いくす)もの試行錯誤の末に完成するそれは、時には清冽(せいれつ)な、時には刺激的な香りを放つ。


 ……まぁ、要するに。生産コストも高ければ、開発コストも高い訳で。特に、戦時下の今では材料費もかなり高騰しているはずで。

 結果、一つ買うだけでもかなり高い値段になるのは想像ができて。


 それを、五人分か。


「……少佐、奥のアレと合計でいくら使ったんだ?」

「ざっくり、一ヶ月分の給料ほどは」

「…………まじか」


 セイは唖然とする。別に、少佐にそういう事をされるのは嫌ではないが……。なんというか、その、流石にやりすぎな気がする。


「んじゃあ、あれは?」

「貴女達用に買ってきた衣服と、それと花火です。夏、といったらそうでしょう?」

「……そうなの?」


 翡翠の双眸に疑問の色を灯して、ラウは後ろにいたアリスへと視線を向ける。アリスは暫くの間思考を巡らせて──苦笑したように笑った。


「私達の地域じゃそんな風習はなかったはずだけど……。レイト達は?」

「うーん、あんま覚えてないかな。もしかしたら見た事あるかもしんないけど」

「私も知らない……と思います」

「というか、知ってたとしても覚えてない奴が殆どなんじゃないの? 俺たち異人種(ディファリア)はさ」


 セイはあっけらかんとして言い捨てる。異人種(ディファリア)であるレイト達にとって、最後にそういった行事を行ったのは七、八年前が最後の年だ。その時はまだ年齢も一桁で、あまり記憶が残る時期でもない。


 それに。レイト達は三年の月日をこの激戦の地で過ごしてきたのだ。今更、そんな過去のことなど誰も覚えていない。

 決して手に入れることができない過去の幸せなど、覚えていても辛いだけだ。


「……すみません」


 少佐もその事に思い至ったようで、ぽつりと謝罪の言葉を口にする。俯く銀髪の隙間から見える深い海色の瞳には、彼女らしい深い自責と後悔の色が見えていて。

 思わず、レイトの口から苦い笑みが零れ出る。


「少佐が謝る必要はないですよ。別に、少佐を責めてるわけじゃないんですから」

「で、ですが」


 ちらり、と少佐は不安の表情で戦隊員達を見つめる。すると、不意にアリスがずい、と前に出た。


「少佐」

「……なんで、しょうか……?」


 驚嘆に目をまばたかせるのを見て、アリスは微かに苦笑する。


「前にも言いましたよね? 少佐は少佐なんです。他の天青種(セレリア)がやった罪まで背負う必要はないんですよ」

「でも、」

「でもでもだけどでもないですよ。少佐は少佐です」


 優しげな、けれども有無を言わせぬ気迫を纏った言葉に少佐は押し黙る。

 少し遠くでくるりと振り返って、アリスはいたずらに微笑んだ。 


「ほら、早く行きましょうよ。少佐も、シャノンも。折角買ってきたものなんです、着ないと損ですよ?」

「え? あ、えっと…………!」


 少し遠くであたふたする少佐を目にして、アリスはふふ、と和やかな気持ちで口元に笑みを浮かべる。

 月白の銀の長髪に、深い海色の双眸。私達をこの絶死の戦場へと押し込め、駆り立てた軍人で、天青種(セレリア)の。

 本来ならば憎むべき対象であるはずの彼女に対して、アリスはこの上ない愛おしさを感じた。


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